私としては、この話でまずホッとした。海外経験もあるこの方なら、着物が苦手という感覚もわかってもらえるかもしれないと、気持ちが軽くなった。
さらに、千谷さんの思う着物の良さについて伺ったところ、これが目から鱗が落ちまくる話ばかり。例えば、
「着物を毎日着ていたら、上質なシルクが常に肌に触れているため、肌が驚くほど綺麗になった」
「着物を着てレストランに行くと、頼まずとも気を回してくれて、一番良い席に案内される」
「毎日着物に草履で歩くようになったら自然と姿勢も良くなり、脚が細くなった。しかも草履は楽」
どの話も魅力的すぎた。「へぇ!」と、私はどんどん前のめりになった。
ちなみに、私のいいところは、割と素直なところだと思っている。「嫌い」「興味ない」と思っていても、話が腹落ちし、「なるほど!」と納得すると、柔軟にパタンと、180度考えを変えることができる。
この日も取材が終わるころには、すっかり着物に興味が湧き、「着てみたいかも」「そもそも可愛いかも」と別人のように。そして、カタツムリのツノのように立った心のアンテナが、ビビッと、店に飾ってあった、ビタミンイエローのひまわり柄の反物に反応した。
「これは、太い木綿の糸と細い絹の糸を織り込んで作られる『絹紅梅』という種類のもので、夏の高級な浴衣生地なんですよ」
え、絹の浴衣! よく見ると畝があり生地が立体的、触るとたまらなく気持ちの良いシャリ感がある。繊細で透けているので、見た目の涼しさと通気性の良さが心地良さそうだ。とにかく、こんなにかわいい着物生地があるなんて知らなかった。もう心は虜になっていた。
結局、帰宅してもその反物のことが忘れられず、翌週また店を訪ね、仕立てていただくことにした。着付けも出来ないのに。
1年後。着物との縁をさらに深めるきっかけが生まれた。茶道のお稽古だ。お茶のお稽古を始めると何かと着物を着る機会が増え、毎回美容院で着付けをしてもらうのは金銭的にも手間的にも大変だった。
そこで、お茶の先輩に紹介していただいたのが、きもの教室を主宰し、雑誌『和樂』の連載でも有名でいらした、きもの研究家・森田空美先生。いざ習ってみると、森田先生の着付け法があまりに嬉しいこと尽くしで、私は完全に着物にハマった。
まず、森田先生の着付けの嬉しいところは、心地が良い、ということ。お教室で森田流の着付けをして、初めてそのまま半日着物で過ごしたときの感動は忘れられない。「何これ、なぜ着物なのにこんなに楽なの?」と心底びっくりした。まったく苦しくないどころか、下手な洋服より心地良かった。なのに、着崩れしにくい。
先生曰く、いくつかの外せないポイントさえしっかりと締めれば、あとは緩めでも着崩れない。締めるべきところについては、グッと締めても苦しくないよう、下にタオルがあるところで締める設計になっていたり、紐の結び方に遊びがあったり、点ではなく面で締める仕組みになっていたり。私の「着物は苦しい」という固定観念が完全に覆された。
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