ななしさんからの質問
Q.
親の看病だけをしてきた
何もない自分の人生に落ち込みます。

私(33歳)は、10代から20代半ばまで母の看病をしていました。母が亡くなった後、自分も体を壊したり、今度は父が病気になり世話をしたり。今、父は完治とはいかずとも仕事に復帰するまでになりました。人生を振り返ると、自分は家族を支えることに必死で、何も成し遂げることができなかったと落ち込みます。恋愛も結婚も出産も育児も仕事も遊びも、どれも経験することができませんでした。まだ若いと励ましてくれた方もいますが、正直、本当に若い時期は過ぎてしまいました。心身の調子も回復せず、自分を嫌いになる一方です。どうすればちゃんと諦めることができるでしょうか。

特別ゲスト 金子稚子さんの回答
A.
今、徐々に注目され始めている“ヤングケアラー”。 そのご経験を、同じ境遇の人たちに発信されてはいかがでしょうか?

大変な人生を送ってこられましたね……。私も33歳は充分若いと思います。私の年齢ではもう叶いませんが、33歳なら妊娠も出産も経験できますから。ただ「アナタはまだ若い!」と励まされても、それは違いますよね。

実はななしさんのような方のことは“ヤングケアラー”といって、今、徐々に表面化してきている問題なのです。10~20代のいろいろなことを経験できる時期が、身内の看病や介護などで過ぎてしまい、その後のキャリア形成に大きく影響してしまうのです。福祉業界も、大変に注目している問題です。

ですからななしさんが、ご自身の経験を発信されたならば、今、同じようなことで悩んでいる方の中に、救われたり励まされたりする人たちがたくさん生まれると思うのです。ななしさんはそのような、誰かのためになる経験を重ねられた方なのです。「何も成し遂げることができなかった」とおっしゃっていますが、私は何よりもそのことをお伝えしたい。今ななしさんは、ヤングケアラーが抱える問題に貢献できる役割を担われている、と言ってもいいかもしれません。

もちろん、ご自分がそのような発信はしたくないと思われるなら、する必要はまったくありませんよ。あくまで一つの提案として、申し上げさせていただきました。

ただ、そうだとしてもぜひ考えていただきたいのは、「なぜ人生を諦めなきゃいけないのでしょうか?」ということです。希望の範囲を狭めれば生きやすくなる、という考え方もあるとは思います。でも、その考えを一度見直してみてはいただけませんでしょうか? 

ですが、その見直す作業をするためにも、まずは心身の回復が不可欠です。心の回復というのはそんなにすぐにはできませんから、まずは体の回復から始めてください。病院に行ってきちんと治療を受けるなど、心のことはちょっと横に置いておいて、体に意識を向けてみていただけたらと思います。

私はですね、常に「次の瞬間に死んでも仕方がない」という感覚で生きているんですよ。先日リオオリンピックが終わりましたが、そのときも「次は東京だ。楽しみだな。でもそのとき生きているかな」と単純に思ったものです。私の夫はある日突然病気が分かり、それから1年半で亡くなりました。人の命がいかにはかないか、思い知ったのです。だから、“諦める”のではなく、“死ぬ寸前まで生きるだけ”という感覚が腑に落ちたのかな、と思っています。

ななしさんは失われた時間を見つめていらっしゃいますが、それは戻ってきませんし、埋めることもできません。でも、失ったものがあると同時に、それと同じ分だけの何かを手にしているのです。これは夫を失ったからこそ、私自身が得られた感覚です。現に、今まさに看病中でアドバイスや意見を切望しているヤングケアラーの方たちにとっては、ななしさんの体験は大変貴重なものだと思いますよ。

何より、諦めたところで人生は長いのです。生きたくとも突然命を奪われる人もいれば、90代になっても自分の置かれている状況に苦しんでいらっしゃる方もたくさんいます。人生は本当にままならないものです。だからこそ、過去や未来にとらわれるのではなく、「今」に集中することが大切なのではないでしょうか? 私はこのように思うのです。そしてそのためにも、まずは体調がよくなることが必要です。ご回復を祈っております。

いかがですか?
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