『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』
監督:スティーヴン・フリアーズ 出演:メリル・ストリープ、ヒュー・グラント、サイモン・ヘルバーグ
配給:ギャガ TOHOシネマズ日劇ほかにて公開中
『マンマ・ミーア!』ではオーバーオールでぴょんぴょん飛び跳ねながらABBAのヒットナンバーを歌い、『幸せをつかむ歌』ではロック・ミュージシャンを演じて、歌唱力にも定評がある大女優、メリル・ストリープ。彼女が新作で演じるのはなんと、絶世の音痴でありながらカーネギーホールを満員にしたオペラ歌手! 『偉大なるマルグリット』のモデルにもなった実在の女性、フローレンス・フォスター・ジェンキンスの名前を知っている人も多いかもしれません。
フローレンスは自分が音痴であることに気付いていないのですが、お金持ちのマダムゆえに周囲からはおべっかを使われ、年下の夫も真実がバレないようにあれやこれやと手をまわし……、何とも痛々しい状況なのに、映画を観ているうちに、あれ? 本当にかわいそうなのは彼女!? そうじゃなくて、笑っている側の人間だよね!? という気分になってくるから不思議です。メリルのチャーミングな音痴っぷりや、幼い子どものような純度の高い笑顔に、引き込まれずにはいられませんでした。
フローレンスは悲しい過去を抱えていますが、彼女を前へ、前へと進ませているのは、歌手になりたいという思い。誰に何を言われても、私はこれが好き! というものを持っている人は、何て楽しそうで、何てまぶしいんだ! と、あらためて感じました。
彼女の場合は歌への情熱が推進力の強いエンジンになっているわけですが、もちろんその対象は何でもアリですよね。私の周囲には映画をはじめ、アイドル、韓流、着物、自転車などなど、様々な“オタ活”に日々精進している友人たちがいます。瞳孔を開いて興奮気味に語っているときなど、いよいよおかしくなった! 覚醒しすぎ! とふざけて茶々を入れたり入れられたりすることもありますが(笑)、何かの沼にハマり込んでいる人の話を聞くと、高揚感のおすそ分けをもらったようで、こちらまでわくわくしてきます。天使のように無邪気に歌うマダム・フローレンスを観ながら、かけ値なしに何かを好きだという気持ちが、今まで行ったことのない場所に連れて行ってくれたり、目にしたことのない景色を見せてくれたり、思わぬ縁をつないでくれたりするんだよなぁ……、と思ったのでした。
PROFILE
細谷美香/1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。
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