そんな僕に行きつけのバーなどできるはずがなかった。よくよく考えてみれば、バーなんてものに行くこと自体、ハードルが高すぎる。小さい頃からトレンディなドラマを観ていると、必ず仲間たちが集まるバー的な場所があった。だから自然と僕も大人になると、行きつけのバーができるんだと思い込んでいたけれど、ないね、ないない、全然ない。バーに行こうというチャンスすらない。

一度だけ、ちょっといいことがあった夜、浮かれ気分に身を任せ、バーでも開拓してみようかと思ったことがありました。しかし、バーというのはお店なのになぜかどこも砦かな? っていうくらい謎の威圧感を放っている。まず表から中が見えない時点ですでに怖い。

オシャレのためなんでしょうけど、扉もどうにも重々しくて。これ、開けたら魔界にでもつながってんじゃないの? って思う。ここは江藤蘭世のおうちの地下室なんじゃないの? ってなる。

とりあえずめぼしい店を見つけたら、入る前にネットで店名を検索し、店内の様子をチェックする。どうせならオシャレなところに行きたい。でも、オシャレすぎるのは肩が凝る。そのくせもうアラフォーなんであまりに安っぽいところはちょっとなあ……と一丁前に値踏みまでするあたり始末が悪すぎる。結局そうこうしているうちにどこにも入れず、セブンイレブンで氷結を買って家路に着くのでした。

ならば誰かと一緒なら入りやすいんじゃないかと思って、一度、友人を誘って恵比寿のバーに行ったこともありました。けれど、しっとりとしたレコードが流れるそのお店では、声の大きさだけには定評のある僕の会話のボリュームは明らかに場違い。どう考えても、小洒落たバーより磯丸水産の方が話も弾むのです。

だいたいみんなはバーで何をして過ごしているのだろうか。なんとなくスマホをいじってるのはダサいなと思うけど、じゃあ本でも読むのかと言ったところで、そのバーに似合う本がわからない。最近読んでいるのは、カレー沢薫先生の『ひとりでしにたい』だけど、それじゃないことだけは確かです。

前述の通り、知らない人との会話がてんでダメなので、マスターとセンスのいい会話を楽しむなんてのも無理だし、常連客たちと意気投合して週末に山中湖でグランピングとか夢のまた夢。そう、結局恵比寿に住んだところで、恵比寿的な生活をしている人たちとは生きている世界線が違うのです。

昔からあれこれ見栄を張ってみるものの、所詮は張子の虎なので、すぐにメッキが剥がれる。本当にオシャレな人は「買い物袋」なんて言わずに「ショッパー」と言うし、ロエベの名刺入れはあっという間になくしたのに、3000円で買ったスペアの名刺入れは10年選手の活躍っぷり。神様がお前にはこっちの方がお似合いだって言ってる。

住んでいる街にしてもそうで。じゃあ昼日中からガーデンプレイスあたりを散歩するのかと言われたらそんなこともなく。空いてる時間はできればゴロゴロしながらたまっているドラマを観たいし、お休みの日は大人買いした『ドラゴンボール』を1巻から読破したい(ピッコロさんが悟飯をかばって死んでしまう回は大人になって読むとさらに泣けます)。要は、家から一歩も出たくなどないのです。

あれ? だったら恵比寿に住んでいる理由なんてなくない……? 何のためにわざわざ割高の家賃を払って恵比寿に住んでいるの……? というのが、今回の結論。結局、虚栄心なんてものは外に向けたもので、自分が本当にほしいことやしたいこととはまったく別。背伸びをしたところで、足首の筋を痛めるだけ。ならば、街も、服も、名刺入れも、ブランドじゃなくて、自分に合うか合わないかで選んだ方が、よっぽど健やかで心地いいのでした。

 


とは言うものの、せっかく引っ越したんだからもう少しの間は「どこ住み?」「恵比寿」のそこはかとない優越感に浸っていたいと思う今日この頃。あるニュースが、僕のタイムラインに流れてきました。

それは、毎年リクルートが発表している「住みたい街ランキング」の最新版で、恵比寿が大宮に抜かれてトップ3から陥落した、というものでした。僕が住みはじめて早速この事態。なんの因果関係もないことくらいは百も承知ですが、自分の引きの悪さにおののくばかりです。とんだ疫病神が引っ越してきたがためにごめんやで、恵比寿……。

こんなこと言うていますが、どこに行くにもアクセスは便利だし、ワインショップと洋菓子屋が充実しているので、甘いものとお酒に目がない僕には天国みたいだし、坂が多くて自転車に乗っていると地獄を見るけど、おかげで太ももがきゅっと引き締まった気もするので、なんだかんだ言って恵比寿はいい街です! エビスビールもおいしいしね!!
 

イラスト/millitsuka
構成/山崎 恵
 

 

 

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