緊急事態発生
――まずい、これは……こういうときはどうするんだっけ!?
国道の横の雪原から、粉雪が突風にあおられて舞い上がる。空から降る雪と相まって、視界が一気に悪くなった。もう腕を伸ばすと、手のひらがかすんで見える。
さっきまでいた建物の中が、猛烈に恋しかった。心細いを一気に通り越して、恐怖がひたひたと這い上がってきた。身一つでこの雪の中に晒されたら、最悪の状況もありうる。
生まれて初めて、差し迫った命の危険を感じる。
恐怖で震える指を、リュックから手袋を出して守る。ポケットに手を突っ込んでいる場合ではなくなった。なにか防寒具やあったかい飲み物、なんでもいいから風よけ、と思うがリュックには何の役にもたたない教習所の教科書がぎっしり入っている。ほかには筆箱、その中にのど飴だけがコロン、と入っていた。
ずっしりとした4冊の教科書を取り出し、迷ったものの、道端に置いた。笑い話になったら取りに来る。今は、とても重い教科書を背負って歩いている場合ではない。リュック自体は風よけになる気がして、背中に再び背負った。
周囲をもう一度見回す。さっきから本当に車が一台も通らない。もし夕闇にヘッドライトがみえたら、命がけで大声を出しながら飛び出して手を振ろうと決めていた。いつの間にか、そこまで切羽詰まっている。
――落ち着け、落ち着け。これは……もうバスは来ない。悪天候で運休になってるのかも? だとしたら、教習所に戻ったほうがいいい。吹雪でも、15分歩けば、戻れるはず。体力のあるうちに戻ろう。
ギリギリのところで、頭が妙に冴えてきた。さっき出しておいたのど飴を、口に放り込む。人工的な甘味料の味に、泣くほどホッとした。
今、ここにいるのは自分だけ。誰も助けてくれない。周辺には生きているものの気配が、全くなかった。日が完全に落ちて、吹雪の音だけが響く。
紘一は今、何をしているだろう? そろそろ仕事が終わる頃だ。18時に家に帰ってきて、もし私が不在だったら、まずスマホに電話をするだろう。つながらないと分かり、きっと不審に思って、しばらくしたらイオンに探しにいくかもしれない。私が行くと言えば、イオンと教習所だけ。次に、教習所に電話してくれるはず。でも誰も電話に出ない……。
この吹雪、どこにもいないとわかれば、交番に夜には行ってくれるような気がした。しかし、いずれにしても、それまでは気づいてもらえそうもない。やはりバス停はダメだ、建物に入らなくては。
私は無我夢中で雪の中をUターンして走り出した。このあたりの夜の気温はマイナス10度や20度はザラだった。雪の中では、30分くらいで凍死するだろう。ノースフェイスのダウンで良かった。ウールのオシャレコートでは多分、もたない。
心臓が、どくどくと波打つのが分かった。
春の宵、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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