「忙しくて、できない」という幻想

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青井春香(以下、春香) 「先生、失礼しまーす!」
いつも通りノックもせずに春香が研究室に入ると、クラッカーが鳴った。
黒野 「青井さん、おめでとうございます!」
なぜか、お祝いムードの黒野がそこにはいた。

春香 「何ですか、そのクラッカー? わたし、誕生日でも何でもないですよ?」
黒野 「もちろんわかってます。でも、今日という日を忘れないように、派手にお祝いをしましょう。人間の脳は感情がともなった出来事は記憶に残りやすい傾向がありますからね」
黒野はクラッカーをもう1発鳴らして、春香の首にハワイの花の首飾り、レイをかけた。

 

春香 「何のお祝いなんですか?」
クラッカーの色とりどりのテープをまとったまま、春香はいつもの椅子に座った。
黒野 「青井さんの時間貯金記念日です」

春香 「わたしの時間貯金記念日?」
黒野 「そうです。で、青井さんはなぜ今日ここに来たのですか?」

春香 「そりゃあ、先生と会う約束をしていたからじゃないですか」
黒野 「ええ。では、その約束はいつしましたか?」

春香 「先週です」
黒野 「そうですね。先週、今日ここに来る時間を青井さんは前もって確保した。そして実際に来ました。今日、時間貯金を使うことができたから、青井さんの時間貯金記念日ということです」
黒野は内ポケットに隠していた、もう1つのクラッカーを取り出し、3度目のクラッカーを鳴らした。

春香 「まだピンと来ないんですけど⋯⋯」
黒野 「なんと! ここまで説明しているのにピンと来ないとは。さすが現代人ですねぇ。驚きです」
仕方ないなといった面持ちで、黒野はホワイトボードに何かを書きはじめた。

黒野 「結論から先に言いますと、時間もお金と同じで、大切な何かに使うなら、先に確保しないとダメだ、というお話です。こう考えるとわかると思います。

お給料から毎月5万円貯金するなら、次の、
①お給料日に、すぐ5万円を別口座に貯金する方法
②1ヶ月やりくりして残ったお金を貯金する方法

どちらのほうが、確実にお金を確保できると思いますか?」

春香 「それは、①のお金を使う前に先に別口座に貯金する方法ですね」
黒野 「その通り。時間も同じというのはそういうことです。何かに時間を使いたい、投資したいと思った時に、忙しいから時間がないとか、できないではなく、本当に必要なことなら先週の青井さんのように先に確保しなさい、ということです」

黒野はホワイトボードを指さした。
黒野 「つまり、先週の青井さんはこの図のように、今週がはじまる前に必要な時間を確保した。言うならば貯金したわけですね。ですから、今日こうして、その貯金をわたしと会うことに投資できているわけです」

 

春香 「なるほど!だから時間貯金なんですね」
春香はようやく理解したようだった。

黒野 「そうです。だから、『忙しくて時間がない』は単純に時間を先に確保していないということなのです。
もし、今日を青井さんが『時間を投資して何を得たいのかを考える時間』として事前に確保していたら、得たい結果を考えられたのではないですか?」

春香 「たしかにそうですけど⋯⋯。でも先生。時間を確保したくても、本当に時間が取れない時ってあると思うんですけど⋯⋯」
春香は完全には納得していないようである。