『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
監督:ケネス・ローガン
出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー
配給:ビターズ・エンド/パルコ
5月13日より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー

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みなさま、ゴールデンウィークはどのように過ごされましたでしょうか? 遠出を控える方も多いのではないかなぁという今週末、映画館でじっくり鑑賞したい人間ドラマを紹介したいと思います。今年のアカデミー賞で脚本賞と主演男優賞を受賞した『マンチェスター・バイ・ザ・シー』です。

主人公は、兄の死の知らせを受けて、生まれ育ったマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ってきたリー。兄の遺言により16歳の甥の後見人となった彼は、二度と戻りたくなかった故郷で新しい生活をはじめます。心を閉ざして暮らしているリーの身にかつて何が起こったのか、唐突に織り込まれる回想シーンによって、少しずつ彼の過去が明らかになっていきます。なぜあのときリーがあんなに荒れたのか。なぜあの言葉を拒絶し、反発したのか。それらを少しずつ明らかにしていく巧みな脚本と、リーを演じたケイシー・アフレックの暗くて空虚な瞳が、この映画を忘れがたいものにしています。

 

リーが抱えるとてつもない悲劇が明かされたとき、もしも自分だったら絶対に乗りこえられないだろうと感じました。そしてこの映画はわかりやすい“再生の物語”に回収されることなく、たやすく癒えない傷を負ったのなら、“乗り越えなくていい”というメッセージを送ってくれます。淡々とした筆致で描かれていく、甥と過ごす時間のなかで見つけた、再生と呼ぶにはささやかだけれど確かな一歩。リーの人生がこれからも続いて、どうでもいいことに笑える瞬間が増えていきますように。映画『ラビット・ホール』で聞いた「のしかかっていた重い石が、ポケットの小石に変わる」というセリフみたいに、悲しみはなくならなくても重さが少しずつ変わって、回復していくことができますように……。そんなふうに願うような気持ちになって、気が付いたら号泣していました。

 

鬱々とした曇り空の下で描かれる物語ですが、思わず笑ってしまうユーモアまで入っているのは、かなりの離れ業ではないでしょうか。二股をかけているガールフレンドといかにしてベッドをともにするかばかり考え、ティーンらしいお盛んさを発揮している甥っ子と、リーおじさんとのやりとりには何度も吹き出してしまいました。そんな甥っ子の心の奥底に隠されている悲しみが次第に浮かび上がってきて、結局はまた泣かされてしまったわけですが……。監督、脚本をつとめたケネス・ロナーガンの洞察力と優しさあふれる仕事ぶりは、日本では劇場未公開ながらDVDリリースされている『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』でも観ることができますよ。

 

PROFILE

細谷美香/1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。
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