「あまり器用に生きられない人に対して、愛情を感じるんです」。寺島しのぶさんの芯にはいつもこの思いがあるからこそ、彼女が映画や舞台で息を吹き込んできた女の人は生々しく、けれどもどこかチャーミングなのかもしれません。日米合作映画『オー・ルーシー!』の主人公は、地味で単調な日々を送るなか、英会話講師に恋をしてしまった43歳の会社員、節子。帰国した講師のジョンを追いかけて、ロサンゼルスへと向かう旅が描かれています。
人生は一度きり。だからいろいろな経験を
「節子の行動は痛いけれど共感できるという人もいれば、ここまでさらけ出されると戸惑ってしまうという人もいると思うんです。とんでもない行動をして人を傷つけてしまうこともある女性だから、実際に近くにいたら困るかもしれない。だからこそ“いや、でもね”という部分を探っていくのが、役者の面白さ。わかりやすい悪女をやるのは簡単ですが、人間は一面だけでできているわけではないので、そこを探していくのが楽しいんですよね。どこか脆くて何かしてあげたくなるし、鏡に向かってひとりで“ジョン”って言っているところとか、愛らしいですよね(笑)」
本当に今のままの場所に留まっていてもいいのだろうか? 思い切って別の世界に飛び込んでみたら、新しい自分に出会えるのでは? 置かれている状況は違っても、そんな迷いや欲求を持っているミモレ世代は多いはず。
「40代になると人生も折り返しですから、このままでもういいやって思う人が多いと思うんです。でも節子は人を好きになって、勘違いでもあれだけのパワーを発揮してアメリカに向かったわけで、私もそこはうらやましく感じました。ふとした瞬間のときめきや出会いから人生が動き出してドラマがはじまるという意味では、とても普遍的な作品。監督の“偶然は必然なんだよ”という言葉を聞いて、なるほど、と思いました。人生は一度きり。色んな経験をしておくべきなんじゃないかな、と思います」
人生で積むべき経験はまだ山ほど
年齢を重ねると初めてのことが減ってくるような気もするけれど、「それがそうでもないんですよ。最近、45年間の人生で初めて犬に皮下注射をしましたから!」と寺島さん。
「仕事の経験は積んできたつもりですが、人生で積むべき経験はまだ山ほどありますね。
母親としての常識や言葉遣いとか、夫婦だけのときには考えなかったことも考えるようになりました。子供のため、犬のためにやることもたくさんあって、やっぱり芝居よりも人生のほうが難しい(笑)。嘘の世界で大変なことがあっても戻れますが、実生活はそうはいかないですからね。芝居は自分の喜びのため。でも生活は自分が好きじゃないこともやらなきゃいけない。でもどうにかハッピーなことを見つけて暮らしているし、大変だけれどそれと向き合えている自分は幸せなんだ、と思っています」
そして、私生活での経験のすべてを生かすことができるのが、女優という仕事の醍醐味。
「犬に皮下注射をする役がくるかもしれないですしね(笑)。何ごとも自分の肥やしにしようと思って生きています。ひとりだったら節子みたいに自由に何でもできていいなと思ったのですが、私もこの映画の撮影でアメリカまで行かせてもらいましたからね。仕事はやっぱり楽しいです」
家を留守にする際に、心がけていることは?
女優であり妻、そして歌舞伎の舞台に立つひとり息子の母としての顔も持ち、「自分が何をやっているのかわからなくなるような毎日です(笑)」と、寺島さん。ロケや地方公演、映画祭などで家を留守にするときに、心がけていることは?
「必ずお土産を買う! これ、大事ですよね(笑)。あとは映画祭などは可能だったら一緒に連れて行きたいと思ってるんです。色んな人種の人たちがいる世界を見るって、大事なことですから。そういえば夫のローランのお母さんが初めて日本に来たとき一緒にセンター街を歩いたら“日本人ばっかり!”ってびっくりしたんですよ。今はもっと外国の方も増えていると思うし、スポーツ観戦も大好きなので、東京オリンピックを楽しみしています」
<映画紹介>
『オー・ルーシー!』
職場では最低限の会話だけを交わして単調な業務をこなし、ものだらけの部屋に住む43歳の節子。姪に頼まれて通うことになった英会話教室で出会ったのは、イケメン講師のジョン。彼に「ルーシー」と名付けられた節子は、ハグされた瞬間に恋に落ちる。やがて、帰国してしまったジョンを追いかけ、カリフォルニアへと向かうが……。
監督・脚本:平栁敦子
出演:寺島しのぶ 南果歩 忽那汐里 ・ 役所広司 ・ ジョシュ・ハートネット
配給:ファントム・フィルム 4月28日(土) ユーロスペース、テアトル新宿 他にてロードショー
©Oh Lucy,LLC
撮影/横山順子
取材・文/細谷美香 構成/片岡千晶(編集部)
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