こんにちは。編集・川端です。年末に熊倉正子さんに触発されて「苦手なことをひとつやる」と決めて始めた「英語学習」。あれから半年がたちました。今日はその途中経過のご報告です^^

勤続15周年報奨金を注ぎ込んだレッスンチケットはまだ残っていて、コツコツと毎週通っています。

正直、めっちゃツラいです!!

宿題が終わってない……今日はレッスンに行きたくない……。急に仕事の会食が入ったとか、体調が悪い、とか言って休もうかな、と毎週ウジウジ(「うちの長女と一緒だね」と川良先輩に言われてしまいました)。でもね、ドタキャンするとチケットが使われてしまうんですよ。もったいない。

同じクラスの若い女子は、宿題をやってなくても堂々としていて、I was so busy this week!なんつって、笑顔で真っ白いテキストを開いてはるやん! スクールの待合スペースでは、チューターに「次のクラスへ移りたい」とか「物足りない」とか、そんな会話を盗み聞きしては、落ち込んだり。先生の赤字シートをつまみにお酒を飲んだり。

とはいえ、先々週についに1ターム(1学期)のレッスンを満了に。自分で1テーマを決めて、意見を発表し、ディスカッションするというクライマックスを迎えました。

先日のセクハラ問題のシンポジウムを受けて、「#MeToo問題」をテーマにしました。日本語でも意見を明確に述べるのが難しいテーマを選んでしまい……。アメリカ人の先生からは、「なぜ日本は#MeTooが広がらないの?」「なぜ告発した女性が責められるの?」と質問攻めに。I don’t knowだよ!と言いたいところ、こらえてI thinkうーんと。なかなか言葉がでてこない。

 そして、半年間を終えた成績表をもらいました。

Excellent!! 大人になって久しぶりの成績表。そしてずっと自信がなかっただけに、涙が出るほどうれしかったです。

でも先生からの追記コメントに「語彙力とリアクションが不足しています」と書かれてしまいました。

まだまだ先は長く、始まったばかりです。

精神科医・熊代亨さんの『「若者」をやめて、「大人」を始める』を読みました。(以前ご紹介した『認められたい』の筆者です)

その中でこんな1節がありました。

「40歳、夢から覚めて、逃げ場なし」

世間では、40歳のことを「不惑」と呼びます。
若い頃、私は「不惑」とは“惑わず”なのだと考えていましたが、いざ40歳になってみてわかったのは、“惑えず”のほうが実態に近いということでした。
もう、惑う余地がないほど、自分の過去の選択、自分で作りあげてしまった立場やライフスタイルといったものが自分自身にこびりついてしまっていて、それらを手放すことが困難になってしまっていました。

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とありました。

39歳になった私は、すごく共感しました。でも、熊代さんも1975年生まれで40代前半。さらにもう少し年代が上の方から見たら、達観するのはまだ早いと思われるかもしれません。

「不惑の手習い」。もっと早く始めておけば、、、という思いはあるけれど、もう一花と、まだ惑っていてもいいでしょうか。

英語習得に使っているアプリやサイトなどもまた書きますね。

ではではまた~。