三省堂書店・神保町本店2階の文庫本コーナーで働く新井見枝香さん。勤務中は棚の整理をしたり、客の問い合わせに対応したりと、見た目はいたって普通の書店員さんなのですが、実は彼女がプッシュした本は飛ぶように売れ、書店を飛び出してトークイベントをするなど、出版業界で一目を置かれる存在です。2017年12月には初のエッセイ『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』を出版。さらには、10月に出版業界の専門紙「新文化」の連載コラムを一冊にまとめた『本屋の新井』も刊行。そんな新井さんに書店員の仕事や、本を読むことについてお話をお伺いしました。
本屋ほど種類があり、
毎日たくさんの新商品が出る店はない
飽きっぽい私に合っているのかも
新井さんが書店員になったのは20代後半のこと。小さい頃から読書が好きだったものの、特に本に関わる仕事をしたかったわけでもなかったそう。東京交通会館にある三省堂書店有楽町店は、「大きすぎず、ほしい本がある程度揃っていて、サイズ感がいい」と、新井さんのお気に入りの書店の一つ。ある日、たまたま別のアルバイトの面接で有楽町を訪れた時、三省堂書店有楽町店のアルバイト募集の張り紙が目につきました。
「アルバイトという手もあるか、と思って面接を受けたら採用されました。途中で契約社員から正社員になり、もう10年になります。私はもともと会社員をやったり、書店という堅そうなところで働いたりするような人間じゃないので、未だにいつも自分を半笑いで見ています」
書店員の仕事は多岐にわたります。毎日、取次会社から大量の新刊書籍や雑誌が届き、それを棚に並べて整理。接客やレジ打ち、出版社の書店営業の対応があり、その合間を縫って、おすすめコーナーを作ったり、POPを書いたりと落ち着く暇がないほどの多忙ぶり。
「すごくしゃかりきになって頑張っていたこともあるけど、今はもう慣れてしまって大変な感じはしません。書店の仕事はルーティンワークではあるけど、決まりきった仕事でもないんです。たぶん小売で本ほど種類があって、毎日のようにたくさんの新商品が出る店ってない。それに、商品を買う買わないは別にして、こんなにお客さんが来るのも書店ならでは。私はわりと飽きっぽいので、毎日新商品が出て、たくさんのお客さんが来てくれる書店の仕事が合っているのかもしれません」
書店での本の陳列方法はいろいろあり、特に目を引くのは平台。本が平らに積み重ねられ、POPなどがたくさんついていて賑やかです。中でも、テーマに沿って、新刊既刊を超えてさまざまな本が並ぶ「フェア台」と呼ばれるスペースでは、意外な本との出合いがあり、本屋巡りの楽しみの一つでもあります。新井さんは「フェア台」づくりなどで着実に結果を出し続け、次第に注目されるようになりました。
とりわけ大きな話題となったのは、2014年に文芸作品を独自に選考し、芥川賞・直木賞と同日発表する「新井賞」の創設。彼女が選んだ本は芥川賞と直木賞の受賞作よりも売れるといわれ、業界内はもちろんのこと、作家からも熱い視線が送られています。
「これは、第151回直木賞候補だった千早茜さんの『男ともだち』が受賞しなかったので、怒りの感覚から勝手に『新井賞』と名付けて並べたところ、受賞作よりもこっちのほうがたくさん売れたのがきっかけ。『ほらね、やっぱりいい作品じゃん』と、自分がいい本を選ぶ感覚が間違っていなかったことがわかって、少しは自信になったかな」
ちなみに最新の第8回「新井賞」は、三浦しをんさんの『ののはな通信』。新井さんは自分がいいと思う本がなければ発表しないと決めているので、回を重ねるごとに注目度が高まっていても、プレッシャーはないと言い切ります。
「私が一人でやっていることなので、誰にも迷惑がかかっていません。もしも『ののはな通信』が売れなかったとしても、私にとってのこの本の価値は、100万部売れようがそうでなかろうが変わりませんから」
“カリスマ書店員”と呼ばれても、「へー」
「絶対に結果を残すので文句を言わせません」
「新井賞」に限らず、新井さんが仕掛けた本が売れ、出版社から帯用のコメントや文庫本のあとがきなどを求められるようになり、“カリスマ書店員”と呼ばれるようになった今、新井さん本人はどのような気持ちなのでしょうか?
「うれしいとか嫌とかはなく、かといって謙遜もしない。ただただ『へー』という感じです」
そんな新井さんが、フェア台を作る時に意識していることは、お客さんが買いたくなるような細かい工夫。見た目がきれいに、かっこよく並べるのではなく、お客さんが手に取りたくなる並べ方を考えてみるといいます。
「フェアで紹介する本を全部買ってもらうのは無理なので、本当はどの本を買ってほしいのかを伝えるために、明らかに推していることがわかりやすいように意識します。また、置く本の分量にも変化をつけます。本をあえて減らしてみたり、逆にもりもりに積み上げてみたり。棚に動きをつけないと、人の手って伸びないんです」
POPについても、「作ることが目的じゃない」ということを忘れないようにしていると言います。
「POPを書いて作ること自体が目的になって、つけたあとの結果を見ていない人もいるのですが、つけたあと、本がどれくらい動いたのかを観察します。だめだったら変えることもあります。それに、同じPOPでも神保町では効いたけど、有楽町はだめということだってあるんです」
棚づくりもPOP書きも、すべてトライ&エラーの連続。新井さんはお客さんの動向に目を光らせ、こまめに軌道修正することで、確実に売り上げにつなげ、結果を出してきました。今は2階文庫本コーナーの担当ですが、同じフロアの文芸書の棚を勝手に作ることもあるそう。
「もしかしたらウザいと思われているかもしれませんが、絶対に結果を残すので文句を言わせません、という感じでやってます」
後編は21日(水)公開予定です。
『本屋の新井』
新井 見枝香 著 ¥1300(税別) 講談社
本は日用品。だから毎日売ってます――。
ときに芥川賞・直木賞よりも売れる「新井賞」の設立者。『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』(秀和システム)も大好評の型破り書店員・新井見枝香による”本屋にまつわる”エッセイ集!
「新文化」連載エッセイ「こじらせ系独身女子の新井ですが」に加え、noteの人気記事、さらには書き下ろしも。装幀、カバーイラスト、挿絵は寄藤文平!
撮影・構成/川端里恵(編集部)
Comment