寝ても覚めても、という言葉がある。よく激しい恋愛状態を表すときに使われるアレだ。と言っても、こちとら気づけば35歳。そんなときめき、とっくに燃えないゴミに出してきた。どちらかと言うと寝ても覚めてもつきまとうのは、老後に対する不安というやつで、「いくらくらい貯金が貯まったらマンションって買えるんだろう…」とか、そんなことばかり考えていた。

だが、今やすっかり「寝ても覚めても林遣都」である。これがまったく誇張じゃない。なかなか原稿の書き出しが浮かばなくてアラスカあたりへ高飛びしたいときも、睡眠3時間みたいなスケジュールが1週間続いて死相が出たときも、「この世界のどこかで林遣都が生きている」と思えば頑張れた。

 

レッドブルか林遣都かって勢いだ。どうか翼を授けてください。

事の発端は、この春放送された『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)だった。林遣都が演じた牧凌太は繊細で優しくて健気で。そんな牧の心の襞までこまやかに演じ上げた、林遣都の役者としての力量に僕は心底惚れ込んだ。僕だけじゃない。ツイッターではたくさんのOL民(=おっさんずラブのファン)が牧の恋の行方を一喜一憂しながら見守っていた。

語り出すと、三国志かな?って長さになってしまうのだが、はい、とりあえず教科書出して~。プライム・ビデオでも何でもいいので、まずは『おっさんずラブ』を観てほしい。第1話はまだ気楽に観られる。第2話で思わぬ胸の高鳴りを覚えるだろう。そして第4話の終わりで身悶えし、第5話で幸せいっぱいの気分になり、第6話で地獄に叩き落とされ、第7話で天国に召されるはず。

なぜこんなに春田と牧の恋に夢中になるのか。
それはふたりが嘘なくそこに生きているから。

もちろん春田も素敵なのだけど、ここでは林遣都が演じた牧の話をしたい。牧は決して人物背景が詳細に描かれているわけではない。だけど、その瞳から、呼吸から、何気ない表情の変化から、牧の痛みが、不安が、寂しさが、そして春田に対する愛しい気持ちが伝わる。牧という役を本気で生きようとした林遣都の役者魂が、台本の上に書かれた人物に本物の命を与えてしまった。だからあれだけたくさんの人たちが牧凌太という人物に夢中になってしまったのだ。

ということで、すっかり頭の中は林遣都一色になってしまった2018年春。しかし、本当の恐ろしさはこの先に待っていた。『おっさんずラブ』が空前のブームになるも、放送終了後、林遣都は一切メディアに登場しないのだ。我らが座長・田中圭は「雑誌の表紙、全部田中圭じゃない?」というぐらい取材ラッシュなのに、林遣都サイドは完全に沈黙。あまりにもメディアに出てこないから、事務所ちゃんと仕事してるの?と思った。黒の組織に薬でも飲まされて子どもになったんじゃないかと思った。

西野カナのことずっとバカにしていたけれど、知りました。本当に会いたくなると震えるんですね。全林遣都湖民(=ファン)の震えで、日本の地殻は2ミリくらい動いたのではないかと思う。最新の出演情報を心待ちにしては、あり余る想いの課金先がわからなくて、ひたすら林遣都がCMキャラクターを務める「石窯工房」を食べた。たぶん僕の身体の半分はピザでできている。

そんな地獄の大飢饉を乗り越え、只今林遣都は『リーガルV~元弁護士・小鳥遊翔子~』(テレビ朝日系)で絶賛活躍中。頼りないけれど真面目な弁護士姿が愛らしくて、もう「OL」と聞いたら「オフィスレディ」ではなく『おっさんずラブ』しか浮かばないように、「ポチ」と聞いたら林遣都しか浮かばない。「Amazonでポチってきた~」と言うときも、ちょっとドキッとしてしまうのだ。

推しができるというのは、良くも悪くも生活を変える。「推しがいい仕事をできますように」と日頃から徳を積むようになったし、少しは人に優しくなれた。だがその反面、ちょっとでも推しが足りなくなると体調が悪くなる。ビタミンより、鉄分より、林遣都なのだ。

でもそんな毎日が、なんだかとても楽しくて。僕は今日も「石窯工房」を食べて、仕事を始めるのだ。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 
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映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

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文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

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ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

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メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。