価値観が多様化し、学歴だけにこだわって子育てするのはナンセンスだと多くの人が考える昨今。それでは、何を指針に子どもに向き合っていけば良いのか。
子育てトレンドのひとつに、「脳育て」というキーワードがあります。
脳の成長段階の黄金期をふまえた、子育て法。そのノウハウを、16万人以上の脳のMRI画像を診断したり研究されてきて、ご自身も6歳の息子さんをお持ちの脳医学者、瀧靖之先生にうかがいます。
今回は、「脳育て」とはどういうものか。私たち人間の「脳」の仕組みをもとに、子どもの脳を育てる方法について教えていただきます。
―先生は教育関連の書籍もたくさん出版されていますが、普段どんな研究をされているのでしょうか。
瀧:東北大学加齢医学研究所という機関で、脳の中を三次元で写し出すMRIという装置を用いたデータを研究しています。
加齢医学というのは、受精卵の段階から、歳をとって亡くなるまでの一生を対象としています。私たちは、その中でも脳に着目し、認知症をはじめとした、さまざまな病気や生活習慣と脳の関係を明らかにしてきました。
そして最近、いわゆる「賢さ」も少しずつ脳画像から読み取れるようになってきて、「どういう風に育った子どもが賢くなるのか」ということも見えてきたのです。
―それでは、その研究結果通りに子育てをすれば、賢い子が育つ……と。
瀧:はい。どんな子どもでも、何歳からでも、働きかけ次第で賢く育っていくと思います。
―その賢い子というのは、いわゆる「頭がいい子」ということでしょうか。
瀧:「頭がいい」というのも、もちろん重要だと思います。ただ、これからの時代はそれだけでは足りないと思うのです。自ら「知りたい」という好奇心を持っていて、「叶えたい」と思った夢に対して努力し、実現ができる子どもだと、私は考えています。自発的に、という点が非常に重要です。
趣味の昆虫、スポーツ、歴史、どんなことでも良いのですが、興味を持った対象に、自らおもしろがって調べ、夢中になれる子です。そういった子は、自然と努力ができます。知ること学ぶことが楽しくて仕方がないので、結果的に学力も伸び、学業の成績も良い子が多くなる傾向にあります。
―先生がおっしゃるような自発的に学ぶ子どもは、とても生き生きとした姿がイメージできます。では、どうすればそんな「賢い子」が育つのでしょうか。
瀧:詳細は近著『「賢い子」は図鑑で育てる』を読んでいただきたいのですが、子どもを賢く育てる秘訣は「好奇心」にあります。その好奇心の引き出し方、伸ばし方次第で子どもの脳の成長が左右されるのです。
―なるほど。「賢い子」の条件となる好奇心自体が、脳を育てていく栄養源となるのですね。
瀧:はい。特に、人生100年時代を生きる私たちの子どもたちは、「好奇心」がより重要になってくるでしょう。
なぜ私が、その重要性に着目したかというと、大人の脳の衰えや認知症に、「好奇心」が大きな影響を与えている事が明らかになってきたからです。「好奇心」を持ち続けている人ほど、脳の加齢速度が抑えられている。また、「好奇心」や、それに伴う趣味や運動により脳を刺激すると、老化を抑えられることも分かっています。
しかし、「好奇心」を持とうと、大人になってから意識したとしても、何から始めたら良いのか分からない人が多いのが現状です。
だから、幼いうちから好奇心を引き出す「脳育て」をしたらいいのではないか、と考えるようになりました。
―「脳育て」はいつ頃から始められるのでしょうか。
瀧:よいご質問ですね。脳の発達は分野によってピーク期が異なります。だから、年齢によってアプローチ法はさまざまですが、とにかく好奇心を大きく伸ばしてあげるには未就学時期がチャンスです。
私たちの脳の神経細胞の数は生まれたときが最大で、一部の領域をのぞき、その数は生涯ほぼ増えることはありません。また、その神経細胞をつなぐ回路の密度は脳の領域にもよりますが、幼児期から学童期にかけてピークを迎えます。その時期に、多くの刺激を、日々与え続けることで、神経回路の発達を手助けすることができます。
また、脳の機能を高めてくれるツールとして私がお薦めしている「図鑑」などの脳育てアイテムを与えるなら、多くの好奇心が芽生え始める5歳より前がよいでしょう。
―そんな幼いうちに、賢くなるチャンスが到来していたと聞いて少しショックです。早期教育に熱心な親御さんが多いのも、そのせいでしょうか。
瀧:いえ、誤解しないでいただきたいのは、その時期を逃したらもう間に合わないという訳ではありません。
脳は死ぬ直前まで成長を続けています。「脳育て」を始めるのに遅いということは、お子さんだけでなく、お母さんお父さん、おばあさんおじいさんにも、ありません。知った日から始めれば、いいのです。
また、早期教育が流行っていますが、私は年齢に合った内容でない限り、その効果は望めないと考えています。例えば、音感は3歳から5歳頃に、語学力は8歳から10歳頃にいちばん伸びると言われています。
それが、脳の発達の黄金期です。
―そのお話がうかがえて、ほっとしました。その黄金期を知ることが、「脳育て」のコツなんですね。
瀧:はい、その通りです。その黄金期を知った上で子育てすることで、効率よく、しかし無理なく、子どもの才能を最大限まで伸ばすことができます。
「脳育て」というものがどういう理論かが分かったところで、次回は具体的に子どもの「脳育て」をしていくには、具体的にどのようにすれば良いのか、東大生の幼児期の過ごし方なども交えつつ、さらに詳しくお話をうかがっていきます。
『16万人の脳画像を見てきた脳医学者が教える究極の子育て 『賢い子』は図鑑で育てる』
著者 瀧 靖之 講談社 1400円(税別)
図鑑ひとつで、子どもの『脳』は賢く育つ! 楽しみながら、子どもの能力を最大限に伸ばすテクニックが満載。「のびのびしていても、子どもが賢く育つ」魔法のような子育て法です。
イラストレーター/みついしふみこ
カメラマン/米沢耕(講談社写真部)
・第2回「東大生の87%が幼少期に触れ合っていたものとは?」はこちら>>
・第3回「「勉強しなさい!」と言わなくていい子どもに育てるための方法」はこちら>>
瀧 靖之
東北大学加齢医学研究所教授。医師。医学博士。1児の父。脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達、加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。最新の脳研究と自身の子育ての経験をふまえた「科学的な子育て法」を提案している。