歌手を夢見ながらウェイトレスとして働くアリーはある日、世界的なロックスター、ジャクソンと出会う。アリーの歌声に感動したジャクソンは、彼女にチャンスを惜しみなく提供し、アリーはスターダムを駆け上がっていく。だが一方でジャクソンのキャリアは下降線を描いていき……。
12月に劇場公開される『アリー/スター誕生』は、愛の歓びと苦悩が数々の挿入曲とともに描かれる、めくるめくようなメロドラマである。今回4回目の映画化となるハリウッドにとって国宝のような作品の監督とジャクソン役を務めたのはブラッドリー・クーパー。そしてアリーを演じているのはレディー・ガガだ。
実は本作、当初は巨匠クリント・イーストウッド監督、ブラッドリー・クーパーとビヨンセの主演で予定されていた。しかしビヨンセが妊娠で降板。続いてイーストウッドも離脱してしまい、残されたクーパーが監督も兼務することで作られた映画なのだ。このため公開前は出来を不安視する声が大きかった。しかしそんな不安を吹き飛ばして本作はアメリカ本国だけで1億9000万ドルの興行収入を獲得するメガヒットを記録している。
メガヒットをもたらしたのは、監督としてのクーパーの意外なまでの優秀さ、そして新たにヒロイン役に選ばれたレディー・ガガの熱演だ。彼女はこれまで奇抜なメイクやファッションに隠されていた歌唱力を本作でフルに発揮。アーシーなロックからダンスポップまでバリバリ歌いまくっている。また演技面でも破滅型のジャクソンを支える健気さで観客を泣かせてくれる。
ただし彼女が演じるアリーのブレイク前の音楽活動を奇妙に感じる観客もいるかもしれない。というのも、地元のバーのドラァグクイーンナイトで、ドラァグクイーンに混じってシャンソンの名曲「ラ・ヴィ・アン・ローズ」を熱唱しているのだ。なぜ普通にライブハウスで弾き語りとかしないのか? しかしこの一見奇妙な演出は、本作のコアな観客にメッセージを伝えるために必要とされたものなのだ。それをざっくり言葉にしてみよう。
「LGBTのみなさん、あなた方が愛してきた『スター誕生』の伝統を我々はリスペクトしていますよ!」
『スター誕生』がハリウッドの国宝になったのは、LGBTコミュニティが歴代の作品を熱心に支持し続けてきたからだ。中でも特に名高い2作目の『スタア誕生』(1954年)で主演を務めていたのは、『オズの魔法使』(1939年)のジュディ・ガーランドだった。ジュディがバイ・セクシャルだったことが公然の秘密だったのと、「故郷に帰ることができずに、キラキラした魔法の国で生きていかなければいけない」という設定が胸を打つという理由から、アメリカのゲイにとって『オズ』はバイブルだった。そのジュディが悲願のアカデミー主演女優賞を獲得するために全身全霊を注いだのが『スタア誕生』なのだから、彼らはこの作品を愛さずにはいられない。だがその夢は叶わず、精神と体調を悪化させていったジュディは、1969年に47歳の若さで亡くなっている。
2000人以上のLGBTが400人の警察官とニューヨークの路上で乱闘を繰り広げたことでLGBTの権利が認められるきっかけを作った1969年の歴史的事件「ストーンウォールの反乱」は、ジュディの葬儀が行われた夜、ゲイたちが彼女についてしんみり語り合っていたゲイバーに、警察が無神経な立ち入り調査を行なったことが原因とされている。
またLGBTのシンボル、レインボーフラッグは、ジュディが歌った『オズの魔法使』の主題歌「虹の彼方に」にインスパイアされたものだ。『アリー/スター誕生』のタイトルが出るまさにその瞬間にレディー・ガガが口ずさんでいるのは、この「虹の彼方に」なのだ。
3回目の映画化作『スター誕生』(1976年)に主演したバーブラ・ストライサンドもゲイの間で大変人気の高いスターである。ロック時代に時代遅れとされたポピュラー音楽を歌い、映画会社の重役からは「鼻が大きすぎる」と嘲笑われながら、『ファニー・ガール』(1968年)や『追憶』(1972年)でそれぞれオマー・シャリフとロバート・レッドフォードという当時の最高峰イケメン俳優と共演した不屈の闘志が評価されてのことなのだが、そもそも彼女、下積み時代にゲイバーで歌っていた時期があり、成功後もそのことを公言していたLGBTフレンドリーな人物なのだ。だからレディー・ガガがドラァグクイーンナイトで歌っているのは、バーブラへのオマージュでもある。但し劇中で「鼻が大きい私はスターにはなれない」と言っていたのは余計なオマージュだったかも。ガガの鼻はバーブラほど大きくはないのだから。
ともかく歴代の主演女優にリスペクトを捧げたことによって、コアな観客層の「前のバージョンの方が良かった」との意見を封じ込めた『アリー/スター誕生』は大ヒット。もともとLGBT人気が高かったレディー・ガガは本作における圧倒的なパフォーマンスによって支持基盤をさらに強固なものとしたのだった。
<映画紹介>
『アリー/ スター誕生』
アリーの夢―それは歌手になること。なかなか芽が出ず諦めかけていたある日、世界的シンガーのジャクソンと出会う。彼女の歌にほれ込んだジャクソンに導かれるように華々しいデビューを飾り、瞬く間にスターダムを駆け上るアリー。激しく恋に落ちて固い絆で結ばれる2 人だったが、アリーとは反対に、全盛期を過ぎたジャクソンの栄光は陰り始めていき…。ラストステージ――ジャクソンの愛が、アリーの覚悟が、そして2人のうたが、見るものすべての心を震わす感動のエンターテイメント。
配給:ワーナー・ブラザース映画 12月21日(金)全国ロードショー
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
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1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
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1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。