「訴える」と言われても、バイト代はちゃんと払っているし、状況からいっても店側に落ち度はない。労働基準局にも取り合ってもらえなかったのか、そのうち諦めたらしいが、しばらくの間、度々店に襲来するモンスターペアレントの対応に、マスターは困り果てていたようだ。
また、ある夏にバイトに来てくれた高校生の男の子は、毎日、出勤するなり「何か食べさせてください!」と、まずはまかないをモリモリ食べるのが日課だった。その上、仕事中にちょいちょいつまみ食いをする困ったちゃん。働くよりも、ご飯を食べに来ているようなものだった。
彼は、「高校辞めて東京でミュージシャンになります!」と、絵にかいたような夢を語っていたが、どうやら夢は実現しなかったようで、翌年の夏も「バイトさせてください」とやって来た。
こちらはまあ、微笑ましいエピソードと言えなくもないが……。世の中、いろんな人がいるもんだ。
後日、代々続く日本料理店の若女将をしている友人に、自分のカフェ時代の体験を話した所、「それくらい可愛いものよ」と一笑に付された。
友人の店では、板前さんにごっそり高い食器や売り上げを持ち逃げされたことがあるそうだ。飲食店業界では、時々そうした話も聞くという。
くわばらくわばら……。やはり、素人が軽々しく手を出せる世界ではないらしい。
信頼できる従業員に働き続けてもらうには
事業を経営する上で、信頼できる従業員を雇うことは必要不可欠な第一歩だが、それ以上に大事なのは、従業員との信頼関係を維持し、やりがいと責任感を持って働き続けてもらうことだ。
上手くいかなかったとしたら、それは従業員側の問題だけではなく、雇用主の力不足でもあると思う。
初期の私の失敗のように、監督不行き届きはもっての外だが、厳しすぎたり、口を出しすぎたりすると、従業員の反感を買ったり、やる気を削いでしまうこともある。とはいえ、腰が引けていると信頼も生まれない。任せるべきところは任せ、締めるべきところは締める。その匙加減が肝心だ。
こうして書いてみると、経営者と従業員の関係は、親子の関係にも似ているのかもしれない。
初代マスターのKくんの場合、私がもっと彼の仕事ぶりに目を配り、オーナーとして毅然と接することができていたら、ちゃんと信頼関係が築けていたのではないだろうか。
従業員の資質や適性を見抜いてリーダーシップを取り、寛容と厳しさ、飴と鞭のバランスをとりながら鼓舞していくことは、何と難しいことだろう。
ウチのように小さな店でさえそれなりに大変だったのだ。世の経営者のみなさんは、どれ程の苦労やストレスと闘っていらっしゃるのかと思うと頭が下がる。
残念ながら、私自身はまったくリーダーの器ではなかった。しかし、世間知らずの漫画家が、事業経営のあれこれのほんの一端でも学ぶことができたのは貴重な経験だ。
転んでもタダでは起きない。人生何でも無駄じゃない!
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さて、うっかり飲食店経営に手を出してしまった漫画家のしくじり体験記。夢と憧れのドッグカフェ経営には、まだまださらなる試練が待ち受けていた……⁉
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