タレントの栗原類さんのADD(注意欠陥障害)や、SEKAI NO OWARIのボーカル・深瀬彗さんのADHD(注意欠如多動性障害)など、多くの有名人が自身の発達障害を公表し始めたこともあって、近年、その社会認知が急速に広まりつつあります。では自身の子どもに発達障害が分かったとき、どのような対応をすると良いのでしょうか。児童青年期精神医学を専門とし、『発達障害の子どもたち』(講談社現代新書)の著書も刊行している杉山登志郎医師が解説してくれています。

 


脳の“剪定”が終了する10歳までが鍵となる


発達障害児の療育を考えるうえで、まずは脳の発達について解説しておきたい。
新生児の脳の重量は平均350グラム。成人の脳の平均重量は1300グラムであるが、2~3歳にかけて重量はすでに1000グラムを超えてしまう。
この急激な増加は、神経と神経をつなぐネットワークが網目状に貼り巡らされていくからである。そしてこのネットワークは、5歳にしてすでに完成してしまう。
そこから後、今度は“神経の剪定”と呼ばれる現象が起こる。つまり、使用される経路は残り、使用されない経路は消えていくのだ。すると神経間の伝達速度は飛躍的に早くなり、また興奮が他に漏れないようにもなる。この神経の剪定が終了するのは10歳である。

10歳を過ぎると成人の脳との差がなくなってくる。この10歳という年齢は一つの臨界点であり、それまでに身に付いた言語や、非言語的なジェスチャーが、一生の間の基本となることが知られている。それゆえ重度の発達障害を抱えた児童の臨床で言えば、小学校中学年前に基本的な身辺自立の課題を終えておかないと、それ以後に習得するのは非常に困難となる。


実はものすごく重要な1歳半乳幼児健診


このような脳の発達を踏まえると、神経経路の一部にダメージを生じた重度の発達障害の場合、リハビリテーションはできるだけ早い時期から邁進することが重要である。

一方、軽度の発達障害の場合、問題となるのは神経経路のダメージよりも、発達の凸凹である。発達の凸凹の一番の問題は、子どものとる行動が本人の興味や関心事に流れてしまい、集団行動や社会的な行動に向かないことにある。また苦手なことはしたくないという行動パターンを強くとるため、ますます苦手になるという悪循環も作ってしまう。
そこで療育の中心となるのが、このような行動パターンを修正し、できるだけ社会的な行動が増えるよう練習を積み重ねることである。対して最悪の対応は、「放置」だ。

障害が重度の場合も軽度の場合も、病院で専門家が発達障害への治療を行うだけでは明らかに不足である。毎日の生活の中で、両親や保育士によって、子どもの脳の高い代償性が活きるよう、あるいは行動パターンの修正ができるように、子どもの健康な生活を守ることがもっとも有効な治療教育なのだ。
さらに言えば、幼児期は、ごく普通の保育で十分に成果が挙がるといういくつかの証拠がある。しかし学童期になると、自閉症には自閉症の、ADHDにはADHDの、といったように、それぞれの認知の特徴に沿った働きかけをしなくては、教育そのものが成り立たなくなってしまう。

そのためにも重要なのが乳幼児健診システムだ。我が国の乳幼児健診システムは非常に優れており、とくに1歳6ヵ月児健診は、障害児療育に革命をもたらしたといっても過言ではない。近年の我が国における障害児の軽症化は、1970年以来の1歳6ヵ月児健診と、それにもとづく早期療育の成果が大きく影響しているに違いない。
ただし知的な遅れのないタイプに関しては、従来の乳幼児健診で十分なチェックをすることは、現在でも大きな困難があるのが実情だ。
 

時間をかけて付き合うことが重要


さらに昨今の乳幼児健診は、発達障害のスクリーニング検査もさることながら、むしろ家庭への子育て支援という役割の持つ意味がより大きくなってきた。育児支援に絡む問題の一つに、発達障害というものに対する固定的な誤解があり、それゆえ親は子供の発達障害の存在を受け入れることに抵抗を示す。しかし知識があれば、なるべく早く療育をスタートさせることが子どもの発達そのものの向上に結びつく、ということに気づくのではないかと思う。

育児支援に絡むもう一つの問題が、子どもの愛着の形成の遅れである。知的な遅れがない発達障害の場合でも、愛着の形成は、健常が2~3歳であるのに対して、大きく後年にズレることが稀ではない。これにより親は強い欲求不満を作ってしまうため、虐待に結びつきやすいのである。
この状況の改善には、まずは、両親が正しい知識を得ることが必要である。さらに重要なのは、親子ともにお互いに時間をかけて付き合うことだ。具体的に言うと、最初から子どもだけで療育通園または保育園や幼稚園に通園させず、親子での通園を週に数日でも行うことが望ましいと考える。互いをよく知るには、時間をかけて付き合うことがもっとも早道であるからだ。

 
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