今年の作品賞のサプライズは?


オスカーの受賞予想の仕事がやって来ると、もうそんな時期か〜! と一年の時の早さを実感します。アカデミー賞はお祭り気分で参加したもの勝ちということで、ライターの先輩の家に何人かで集まって中継を見ながら、各部門のプレゼンターの「Oscars Goes To…」の直前にそれぞれの予想を発表するのが恒例の過ごし方。毎年、主要賞は真剣に考えてから参加しているのですが、今年の作品賞は混戦模様で本命不在のため、予想が本当に難しい! 逆に言えば、作品賞の候補作が実にバラエティ豊かで、多様性の時代を感じられるラインナップになっています。

作品賞にノミネートされているのは『ブラックパンサー』『ブラック・クランズマン』『ボヘミアン・ラプソディ』『女王陛下のお気に入り』『グリーンブック』『ROMA/ローマ』『アリー/スター誕生』『バイス』の8本。このなかには新しい時代の風を感じさせるいくつかのサプライズも含まれています。

まずは前哨戦の結果から予想されていたとはいえ、『ブラックパンサー』がアメコミ映画として史上初めて作品賞候補に入ったこと。主要キャストが黒人俳優のこのマーベル作品は、社会的なメッセージを含んだエンターテイメントとして大ヒットを記録。ほかにもイタリア系の用心棒と黒人の天才ピアニストとのバディムービー『グリーンブック』、『マルコムX』のスパイク・リー監督がKKK(白人至上主義団体)で潜入捜査を行った黒人刑事の実話を映画化した『ブラック・クランズマン』もノミネートされました。主要賞の受賞者が白人で占められていたため“白すぎるオスカー”と批判の声が上がったのが16年。作品を選ぶアカデミー会員にマイノリティを増やしたことも功を奏したのか、翌年には『ムーンライト』が作品賞を受賞するなど、劇的な変化を遂げていることがわかります。

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『ブラックパンサー』 MovieNEX(4000円+税)発売中/デジタル配信中
© 2018 MARVEL


動画配信サービスから見ごたえのある作品が


作品賞をはじめ最多部門でノミネートされている『ROMA/ローマ』はNetflixの配信作品。カンヌ映画祭ではフランス国内で劇場公開されていない作品はコンペティション部門の対象にしない(フランスでは劇場公開から3年経った作品のみが配信可能)というルールが設定されたため、Netflixはカンヌと対立。一方ベネチア映画祭には歓迎され、最高賞の金獅子賞を受賞しています。動画配信サービスの作品を“映画”と認めないことが映画を守ることになるのかどうか、そんな議論自体がもはや時代遅れなのかどうか。いずれにせよ、興行的な成功が求められる大手スタジオよりも、作家性の強い監督をバックアップする体制が整っているNetflixが今後も見応えのある作品を世に送り出してくれることは間違いなさそうです。

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『ROMA/ローマ』Netflixにて配信中。

『ゼロ・グラビティ』で監督賞にも輝いたアルフォンソ・キュアロンがパーソナルな思い出も織り込んで『ROMA/ローマ』で描いたのは、70年代のメキシコシティのローマ地区の物語です。家政婦のクレオと家族の暮らしとつながりを描く息を飲むほどに美しいモノクロの映像と、細やかにデザインされた音。ちょっと皮肉なことに個人的にはスクリーンで観たい作品だと感じました。アメリカ国内では配信の前に映画館で限定公開、日本では東京国際映画祭で上映されています(見逃したことを後悔…!)。もしも全編スペイン語の『ROMA/ローマ』が受賞すれば配信作品としては史上初、そして外国語映画としても史上初の作品賞獲得ということに。近年のオスカーのキーワードであるダイバーシティ重視の傾向を考えれば、可能性はゼロではありません。ちなみに是枝裕和監督の『万引き家族』と同じく外国語映画賞にもノミネートされており、作品賞や監督賞に票が集まれば『万引き家族』が外国語映画賞を受賞する可能性も…!? ノミネートされるだけでもすごいことだとわかっているのに、ついつい期待してしまいます。

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今年の私のイチオシは『グリーンブック』。3月1日(金)TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー
© 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

ここまで書いておいて何ですが、私が作品賞を獲得してほしいと願っているのは差別を題材にしながらも思いっきり笑わせて泣かせてくれるロードムービー『グリーンブック』。「いやもうこれマジでいい映画だから頼むとにかく観てくれ…!」という感じで完全に語彙力喪失レベルで大好きな作品です。アホ顔(褒めてます)で豪快かつ幸せそうにフライドチキンにむしゃぶりつく太鼓腹のヴィゴ・モーテンセンを観るだけでも、1800円払う価値は十分にあると断言させてください。

 

毎年、司会者の人選にも注目が集まりますが、今年はコメディ俳優のケビン・ハートが過去にLGBTに対するアンチ的な発言をしたと指摘され、昨年12月に司会を辞退。その後、新たな司会者が決定しないままでしたが、なんと今年は30年ぶりに司会者不在で授賞式が行われることが決まりました。どんなオープニングになるのか、プレゼンターや受賞者に与えられるスピーチの時間は増えるのか!? …など例年とは違う見どころもありそう。『アリー/スター誕生』『ボヘミアン・ラプソディ』をはじめヒット作も並ぶ今年のアカデミー賞。授賞式でのコメントやパフォーマンスからどんな新しいドラマが生まれるのか、楽しみに待ちたいと思います!

(アカデミー賞放映情報)

映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 
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映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

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文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

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ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。

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メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

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ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

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ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

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ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

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ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。