これが、第四話「小便小僧」の四三視点と、第一話「夜明け前」の三島視点ともつながってきます。「いだてん」の一話総集編ふう、二〜五話までその詳細、及び、別視点という構成は、演劇やスポーツやコンサートを複数のカメラで撮影して、いろいろな表情を捉えるというやり方に似ているように思います。テレビドラマのマルチ撮影(スタジオで複数カメラが一気に撮影し、スイッチャーが画面を切り替えていく)にも近いですね。

こうして、同じ出来事も、見る角度によって違うということを描いていることの白眉が、マラソン競技のゴール、顔から絵の具を垂らして満身創痍でゴールに倒れ込んだ四三を抱きとめる嘉納(一話の最後)。五話では、四三視点で描かれ、こどもの頃、嘉納に抱っこしてもらえなかった(二話)けれど、ついに抱っこしてもらえた感慨で胸いっぱいになるわけです。
SNSユーザーは、すでに二話の段階で、そのことに気づき、盛り上がってしまったので、いわゆる伏線回収されたすごい!と神回的にならなかったのは少し残念ではありました。ある意味、大いなる「ネタバレ」を初回に行っていた「いだてん」。でも、それだけ内容に自信があるのだと思います。いいものは何度見てもいいのです。名作落語はサゲを知っていてもおもしろい。歌舞伎だって名場面は「待ってました!」なのです。時代劇だって、本能寺の変や関が原の結末を知っていて何度も楽しむではありませんか。“反復”は芸術にもエンタメにも大事な要素です。
 

美川が抱いているのはどこの猫?

まあそれはともかく。その後、祝勝会の場面で、美川(勝地涼)が大きな猫を抱っこして現れます。ここでも「抱っこ」です。美川が一躍ときの人になった四三をまぶしく思う、ちょっぴり切ない場面です。美川は知りません、四三は、美川が尊敬してやまない夏目漱石にも抱っこされていたことを(二話)。そう思うと、二重に切ない場面でありました。勝地涼さんがつくづく報われない役を、深刻になり過ぎず、演じているのがすてきです。勉強したくてもできない四三の兄・実次(中村獅童)や、マラソン大会に学歴詐称して出たもののさっさとリタイアしている清さんも、「いだてん」では一番になれない人たちが愛おしく描かれています。

 

ちなみに、猫は、「金時」という名の日本猫で、体重は8.5㎏。「第3話の高師の寮セットの実景を撮影しているときに目にして、ユーモラスな体型が気に入って起用しました。美川が『吾輩は猫である』を気取りながらも寂しさを感じている様子を表現したいと思いました」とのことです。NHKでは他に、ブランケットキャッツに出演しています。ZOO動物プロ所属、デビューは映画『猫忍』。レギュラー化してほしいです。

【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』


NHK 総合 日曜よる8時〜
(再放送 NHK 総合 土曜ひる1時5分〜) 
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか

第六回 「お江戸日本橋」 演出: 西村武五郎

 

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 

映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。

メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

 
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