1月16日に発表された第160回直木賞は、講談社が発行している真藤順丈著『宝島』が受賞しました。作品にさまざまな形で関わる講談社社員に取材した前回に続き、今回はアイデアの段階から作家、そして作品を支えた2人の編集担当に直撃。作家と編集者の関係にはよく“二人三脚”という表現が使われますが、ときおり見せる厳しさには寄り添うだけで終わらない、一人の人生そのものを背負う覚悟がありました。
 

『宝島』が売れなかったら、編集者をクビになってもいいと思った

通称“プルーフ”と呼ばれる「見本版」は、発売前の試し読み用として全国の書店や書評家などに配られるもの。『宝島』見本版の表紙は担当編集・鍛冶佑介の手作りだそう。

構想から7年の年月を費やして完成した大作『宝島』。担当編集の鍛冶佑介は見本版に、担当編集として『これまで作った128冊の中で、この本が最高傑作です』との推薦コメントを寄せています。しかしその裏では、「これが読み手の心に届かなければ編集者をクビになってもいい」とまで考えていたとか。

「コメントは紛れもなく本心ですが、だからこそ売れなかったら、直木賞をとれなかったら、という不安も大きかったです。実際、直木賞の待ち会(※候補の作家が担当編集者らとともに、選考会会場近くの飲食店で受賞の連絡を待つこと)では、とても緊張していました。ずっとお腹痛いし、手は震えてるし、お店に入る前はなかった口内炎がいつの間にかできているし……(笑)。真藤さん本人にまでからかわれたほどです」(鍛冶)

一方で、雑誌「エソラ」(現在は休刊)で連載していた前作『畦と銃』から真藤さんを担当していた文芸編集・塩見篤史は、候補に入った時点で受賞を確信していたとか。


「まあ僕だって、受賞の連絡を待つ間はさすがにイライラしましたけどね(笑)。真藤さん自身は、心血注いだ作品が認められたということで、昨年10月に山田風太郎賞をとった時点でけっこう満足していたんです。でも僕は『こんなものじゃない、候補になれば直木賞も絶対とれる』と言っていたし、そこは鍛冶も同じ気持ちだったと思います。

というのも『宝島』の大方が書きあがった頃には、僕らの頭はすでに“この作品をどう売るか”にシフトしていたんです。今、エンタメではミステリーや青春小説といったジャンル要素のある作品以外は売るのが難しい。この作品を強く打ち出すためにも直木賞は必要だと感じていました」(塩見)
 

ブレイク後のスランプ。
「作家業は無理かも」と思い始めた頃に

受賞記者会見での真藤順丈さん。「受賞を見込んで大重版をかけていたにもかかわらず発表翌日には多数の書店で売り切れに。それは会見での、真藤さんの人柄が滲む誠実なコメントのおかげもあったのかなと思っています」(鍛冶)写真:YUTAKA/アフロ

著者の真藤順丈さんは、2008年に『地図男』で第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞。その後立て続けに新人文学賞3賞を受賞し、一躍注目作家としてブレイクしました。しかしその後はヒット作に恵まれず、苦しい時期が続いていたそうです。

「前作の『畦と銃』を書籍化する際に僕(鍛冶)が担当として加わったのですが、その頃には、次は連載ではなく書き下ろしで、沖縄を舞台に琉球警察(※戦後20年ほど存在したアメリカ統治下での独自組織)を描くという、『宝島』のおおもとのアイデアは出ていました。

ただその後、沖縄での現地取材を経て第一章を書き終えたあたりから、真藤さんが一切書けなくなってしまった。もともとは直球のエンタメ作品にするつもりだったのが、沖縄を書くからにはその歴史を避けて通ることはできないと気付いたんです」(鍛冶)

「テーマの大きさに怯んでしまった、ということでしょう。また真藤さんのなかでは、東京の人間が沖縄を書くことへの葛藤もあったでしょうし。しかも書き下ろしの場合は、ここを過ぎたらアウトという絶対の締め切りがないので、一度遅れるとどんどん遅れてしまう。それにも追い詰められてしまった部分があったと思います」(塩見)
 

『宝島』以外のものは全部ボツにしようと心に決めていた

塩見(写真)は2015年に第153回直木賞を受賞した東山彰良・著『流』も担当しており、その時の“これはいける!”という直感を、『宝島』でも感じていたとか。

しばらくして真藤さんから「『宝島』は一度中断して、別の作品を書きたい」との申し出があり、塩見と鍛冶はしぶしぶ承諾したそう。

「正直、ものすごく腹が立ちましたよ(笑)。じゃあここまでやってきた『宝島』はどうなるんだ、と。なので一年後に原稿がきて、2人で会って話した時、彼がどんなものを持ってこようと僕は“ダメだ”と言う覚悟で臨みました。どんなに時間がかかっても、遠回りしても『宝島』を書いてほしかったから。実際、持ってきた作品も『宝島』のスケールには及ばなかったですしね。

真藤さんはデビュー以降、自分の殻をなかなか破れずにいた。これじゃ今回も殻は破れない、『宝島』を書き上げないことには今後の作家人生において前には進めない、というところまで話しました。そのうえで真藤さん自身が覚悟を決め、ようやく向き合ってくれたんです。なので今回の場合、どちらかというと僕は、担当編集というよりメンタルトレーナーといった役割だったと思います(笑)。

その後も相変わらず締め切りは守らないけれど(笑)、見違えるように筆は進むようになった。すでに真藤さんの中では完成図が見えているんだな、と。その時点でもう大丈夫、いけると思いました」(塩見)


本来は一作品につき担当編集は一人。不要な作業を省くためもあり、その後の編集作業は鍛冶に託されます。

「最初の原稿を読んだ時の感想は“これは凄い!”と“これは直すのが大変だ”の両方でした。息をのむようなシーンがいくつもありながら、不純物も多くて……。それからは僕と真藤さんと2人で、1年ほどかけて修正しました。冒頭もラストも今のものとは違っていましたし、人物造形についても、直木賞を意識して直した部分もあります。

『宝島』は直木賞をとるまでなかなか売れず、候補5作のなかでも一番売れていませんでした。ただその一方で、発売直後から書評が続き、真藤さんへの仕事の依頼は増えていたんですよ。真藤さんと『よかった、これで作家続けられる』と話していて。もちろん僕らはもっと大きな数字やタイトルを狙っていたけれど、連載の依頼がきたと聞いたときは本当に良かったと思いましたね」(鍛冶)
 

 

『宝島』
真藤 順丈  著 講談社 ¥1850(税別)


◆祝!第9回山田風太郎賞&160回直木賞受賞!◆
英雄を失った島に、新たな魂が立ち上がる。固い絆で結ばれた三人の幼馴染み、グスク、レイ、ヤマコ。生きるとは走ること、抗うこと、そして想い続けることだった。少年少女は警官になり、教師になり、テロリストになり―同じ夢に向かった。超弩級の才能が放つ、青春と革命の一大叙事詩!!

文/取材・文/山崎恵 
撮影・構成/川端里恵(編集部)

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