あらすじ
韋駄天こと金栗四三(中村勘九郎)と痛快男子こと三島弥彦(生田斗真)は、多くの人々に送られ、新橋駅からストックホルムへと旅立つ。 その頃、熊本では、スヤ(綾瀬はるか)が地元の名士・池部家に嫁いでいた。
四三とスヤ、互いを思う表情に胸が締め付けられる
オリンピックだ、浅草の繁華街の喧騒だ、とにぎやかにはじまった「いだてん」ですが、八話は登場人物たちのナイーブな表情があちこちに散りばめられて、泣ける人情ものといった風情でした。
兄・実次(中村獅童)が作ってきたオリンピック行き資金は、スヤの婚約者の母・池部幾重(大竹しのぶ)の粋な計らいによるものでした。
こうして、資金問題は解決(師範学校の仲間たちが後援会をつくって募った資金も手に入った)して、旅立ちのときは近づき、壮行会で四三がヘタなりに「自転車節」を披露するとき、熊本では、スヤの祝言が行われていて……(好きでもない男に好かれて、みたいな歌詞があって、ああ……ってなりますね)。
四三とスヤのおそらく互いを思っている表情に、胸が締め付けられました。でも、綾瀬はるかの花嫁姿が美しかった〜。
ドラマがはじまる前情報ですと、スヤは四三の妻と紹介されていましたが、簡単には結ばれないふたり。四三、スヤの関係は今後の展開を楽しみに待つとして、八話で注目したいのは、三島弥彦を演じる生田斗真さんと、美川秀信を演じる勝地涼さん。
このふたりは、これまで宮藤官九郎さんの映画やドラマや演劇で、徹底的におバカなキャラを演じてきて、今回も、おもしろいところもたくさんあるのですが、その半面、ときどき、とてもナイーブな表情も見せて、ドキリとさせます。むしろ、そここそ、見どころな気さえします。
ただのお馬鹿さんではない美川
まず、美川。彼は同郷人の四三が、あれよあれよと時の人のようになって、ちょっとさみしそうな顔を時々します。八話でも、四三と実次が、凌雲閣に上って、富士山を眺めながら語り合っているとき、背後、カーテンの横に佇んでいるときの居方とか、壮行会で見送る表情だとか、丸メガネの奥になにかがある。ただのお馬鹿さんではない感じがするのです。一応、夏目漱石好きの文学青年設定ですし。
演じる勝地さんが、宮藤さんの脚本作、朝ドラ「あまちゃん」(13年)では、チャラさしかない前髪クネ男でしたし、同じく脚本作、劇団☆新感線の舞台「犬顔家の一族の陰謀〜金田一耕助之介の事件です。ノート」(07 年)や「蜉蝣峠」(09年)などの役は、ひたすらおバカさんでした。とりわけ、「蜉蝣峠」では「石だ石だ石をぶつけろ!」と飛びながら叫ぶ場面の反復はとにかくバカバカしく面白く、でもこれがなかなかの技が必要なアクションであったのです。
高度な技でおバカキャラを演じてきた勝地さんですが、もともと彼が俳優として頭角を現したのは、阪本順治監督映画の昭和の潔癖な少年役や、蜷川幸雄さんの演出舞台の透明感ある少年の役でした。決して、おバカさんキャラだけが得意なわけではないのです。
そして、生田斗真さん。生田さん演じる三島弥彦は、最新ファッションに身を包んだお坊ちゃん。華麗なライフスタイルを送っているようで、次男としてのコンプレックスに密かに悩んでいました。母・和歌子(白石加代子)は兄・弥太郎(小澤征悦)のことを大事にして、オリンピックに出たいという弥彦を三島家の恥のように言います。
ところが、出発の日、母が見送りにやって来て、日の丸をその手で縫い付けたTシャツ(ユニフォーム)を手渡すのです。対外的には強気の弥彦の、やわらかな胸のうちが見えた場面です。
四三ももらい泣き。じんわりいい場面でした。
生田さん、宮藤さん脚本、三池崇史監督の映画「土竜の唄」シリーズ(14年、16年)では、熱血おバカさん潜入捜査官として、暴れ回っていました。限界ギリギリまで脱いでいた場面もあり、なかなか体を張っています。あ、これ、文脈的に、おバカな場面で、ですよ。
そんな生田斗真さんですが、ドラマ「花ざかりのきみたちへ〜イケメンパラダイス」(07年)や「ハチミツとクローバー」(08年)などでは、ヒロインを見つめ支える心優しい少年役を好演していました。
そう、勝地さんも生田さんも、豊島園のフライングカーペットか、バンジージャンプのように、演技の振れ幅がとても大きいのです。でもその激しく空いた飛距離は、ピュアという文字で埋められそうなほどピュア度がダイアモンド級な高さです。宮藤さんの脚本は、笑いや趣味に一生懸命なやんちゃな男子っぽさにあふれているのですが、その熱さには、その瞬間にほとばしる稀有な叙情が漂うのです。映画「GO」(原作:金城一紀)で宮藤さんが注目されたひとつに、それがあったと思います。
勝地涼さんも生田斗真さんもそんな宮藤作品と相性がいいのでしょう。
今後、三島はストックホルムオリンピックが待っています。美川はどうなるのでしょうか。橋本愛さん演じる小梅への純粋な思いは実るか……。
ともかく、ふたりとも応援したいと思います。
大河ドラマ初。外部から起用された演出・大根仁さん
さて、3月3日放送の第九回は、「モテキ」で有名な大根仁さんが演出登板です。NHKが外部スタッフを起用することも多々ありますが、大河ドラマでは初! これはなんかすごいことではないでしょうか。
大根さんが今回、参加したいきさつを広報さんに伺いました。
「『いだてん』は“スポーツ”、“海外”などこれまで大河ドラマでは扱わなかったテーマを取り上げ、変化の激しい明治の終わりから戦後までの半世紀を描きます。そのため、あらたな表現手法を開発していくことが求められており、経験豊かな外部の演出家を起用することとしました。大根さんは映画・ドラマの制作現場で、VFX含め、多様で新しい映像表現を追究されてきた実績があり、大河ドラマに参加して頂くことでより魅力的なドラマを制作できると判断しました」とのこと。かなり期待されているようです。
実際、大根演出はどうだったか、チーフの井上剛さんにも聞きました。
「大根さんとは、作品に向き合うテンションは一緒で、目指すゴールも同じながら、アプローチは全然違います。第9回、面白かった。自分だったら、もっと狭く、もっとチープな設定にしていたんじゃないかな。四三・弥彦が置かれた状況をみずから体感する、車窓からの実景を撮影するために、シベリア鉄道に乗ってくるという、ああいうのは大根さん流だと思いました。大根さんのバックグラウンドには、テレビだけでなく、映画・CMで培ってきたものがあるし、知識も豊富。例えば、地図のCG表現一つとっても、そういうのが表れていると思います」
そう、大根さんは、雰囲気を味わうために、実際に(当然、現代のですが)シベリア鉄道に乗って来たそうです。それだけの熱情をテレビの前で受け止めましょう!
【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』
NHK 総合 日曜よる8時〜
(再放送 NHK 総合 土曜ひる1時5分〜)
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか
第九回 「さらばシベリア鉄道」 演出:大根仁
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。