――それまでの自分の生き方を許せるようになったという経験は、タナダさんにもありますか?

タナダ:私は今まで子どもを産むという選択をしてこなかったのですが、どこかで「健康な体でありながら……」という罪悪感もあったんですよね。そういう意味では、年を取るのも悪いことではないなと思います。年を取るということは、前はできていたことができなくなる、ということ。そこで昔の自分にしがみつこうとすれば苦しくなるけれど、逆に、これでひとつ言い訳ができたと考えたら、ちょっとラクになれたんです。
私は、諦めることは悪いことではない、むしろ美しいことでもあると思っていて。諦めるとは、つまり何かを受け入れるということ。できないことでもがくより、できることに目を向けるほうが生産的だし、抗わずにすむぶん心穏やかになれるんですよね。

なぜ私たちは母の呪縛から逃れられないのか


――悩みの尽きない40代ですが、意外にも母親との関係に苦しむ声は多いです。もう立派な大人なのに、いつまでたっても呪縛から抜け出せない。母の呪縛の問題は特にこの世代に多いと感じますが、それはなぜなのでしょう。

こだま:私たちの親の世代に、考え方がすこし凝り固まっている人が多いのかもしれないですね。私の育った家は“女はこうでなきゃいけない”とか”夫婦とはこういうものだ“といった感覚が強く残っていて、さらに田舎だったこともあり、そこから外れることを許さない空気があった。そんな中で育ったものだから、刷り込みとまではいわないけど、些細なことで「普通とはズレているんじゃないか」と気になったり……。

タナダ:たしかに『夫のちんぽが入らない』も意外なほど、親との関係にページの多くが割かれていますよね。“親は選べない”なんて言葉があるけど、やっぱり子どもにとっては逃れられない部分はある気がします。ちなみにウチは、私が子どもの頃はずっと「結婚なんかしないほうがいい」と言っていたんですね。それがいざ25を過ぎたら、急に見合い話を持ってきて(笑)。

 

こだま:ええーー!(笑)。

タナダ:で、30を越えた途端になんにも言わなくなりました。ああやっと諦めてくれたかとホッとしたけど、勝手ですよね〜(笑)。私たち世代が大人になっても何となく息苦しさを感じているのって、自分勝手で強い親たちのもとで、とにかく真面目な人間になるようにと育てられたことの副作用なんじゃないかな。ただ、それも少しずつ変わってきている気がするけれど。「親のこと悪くいうなんてとんでもない!」といわれて育ったから、それこそちょっと前までは、こんなふうにあれこれ言うこともできなかったですからね。


私が書いた物語にはもう一つの世界がある


――最後に、ドラマ版『夫のちんぽが入らない』について聞かせてください。原作からは少しだけ結末が変えられているそうですね。デリケートなテーマでもあり、タナダさんはドラマ化に際して気を付けたことなどはありますか。

タナダ:夫婦って何だろう、セックスって何なんだろうといったこの作品のテーマは大切にしつつ、ドラマでは原作にはない“夫目線のシーン”も描いています。原作は私小説なので“私”の目線だけでもよかったけれど、ドラマでは、ある意味もっとフェアでないといけないと思ったんです。この時の夫はどんな気持ちだったんだろうとか、もしもこの夫婦がそれぞれ抱えた思いをぶつけたら何が起きるのだろう、とか。もちろんそれは想像の世界でしかないのだけれど、絶対に描きたい部分でもありました。こだまさんはそれを受け入れて面白がってくれたので、ありがたかったですね。

こだま:私はドラマ化のお話をいただいた時から、原作はあくまで題材として使っていただこう、あとは監督さんと脚本家さんにお任せしようと思っていたので。それに、よく本を読んだ方から「夫目線で書かれた本が欲しい」と言われていたんですよ。「夫も本を書けばいいのに」とか(笑)。

タナダ:えええ、すごい無茶ぶり(笑)。でも、もしも夫さんが内緒で書いていたら面白いですね(笑)。

こだま:私は一足早くドラマを観させていただいたのですが、途中、妻目線から夫目線に切り替わるシーンがあって、そこで胸がいっぱいになってしまいました。私たちはあまり話さない夫婦なのですが、夫はあの時黙っていたけれど本当はこう思っていたかもしれない、本当はこんな悲しみがあったんじゃないかと、いろいろ想像してしまって……。それに本当は、夫しか見ていない世界もあるんですよね。落ち込んだ私が、暗い部屋で何もできずにいる姿とか。それを私は、ドラマの後半で見させてもらった気がします。

 

<ドラマ紹介>
『夫のちんぽが入らない』

大学生になった久美子は、同じアパートに入居していた研一と交際を始める。しかし初めて体を重ねようとした夜、性器が入らないという事件が起こる。その後も性行為ができないままの2人だったが、互いの想いを信じて結婚。しかし久美子は“自分は不良品”だという劣等感を抱き、研一も、妻を幸せにしてやれないとの思いから苦しむ。心も徐々に離れていく2人だったが……。動画配信サービスFOD、およびNetflixにて、3月20日(水)より配信開始。

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撮影/金栄珠
構成・文/山崎 恵
 
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