長文型タイトルのベストセラー本から一気にブームに
【1】出版業界からの影響
タイトルの文章・長文化は連ドラの世界だけの話ではない。むしろずっと以前からその傾向が見られる分野がある。それが出版の世界だ。
長いタイトルの代名詞と言えば、ライトノベル。その先駆けと言われているのが、2008年に発刊された『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』だ。同作のヒットを受け、最近では『(この世界はもう俺が救って富と権力を手に入れたし、女騎士や女魔王と城で楽しく暮らしてるから、俺以外の勇者は)もう異世界に来ないでください。』など、ギネス記録でも目指しているのだろうかという長文タイトルも登場。
また、歴代のベストセラーを見ると、2000年前後までは『五体不満足』『バカの壁』『生き方上手』などシンプルな体言止め型タイトルが多かった。それが、『チーズはどこへ消えた?』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』あたりから文章型タイトルも目立ちはじめ、2010年前後から『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』と一気に長文化が顕著に。
『わたし、定時で帰ります。』は小説、『初めて恋をした日に読む話』は漫画が原作だけに、こうした出版界の影響を受けている部分はあるだろう。
【2】インターネットからの影響
もうひとつがインターネットの影響だ。匿名掲示板では、伝統的に文章型のスレタイ(スレッドタイトル)が多く、「~しているんだが」「~の件」などの言い回しが定番。『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』などは、まさにネットの文法そのままのタイトル。前クールの『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』もタイトルは掲示板のスレタイがベースになっている。
タイトルだけで内容がズバリとわかる
上記2点の共通点は、タイトルだけで内容そのものがズバリとわかるところ。『腐女子、うっかりゲイに告る。』もまさにその系譜のひとつで、タイトル通りBL好きの腐女子がうっかりゲイのクラスメイトに告白してしまう話だ。「腐女子」と「ゲイ」というキャッチーなフレーズが2つ並んでいるだけでインパクト抜群。さらに、ドラマの中身もBLイベントで妙にハイテンションになる腐女子の雰囲気や、親友にも家族にも明かすことのできないゲイの葛藤がリアルに描かれていて、瑞々しい青春ドラマに仕上がっている。
『わたし、定時で帰ります。』も題名だけで作品の内容が説明できる良タイトルだ。同作は、定時退社を死守する女性と、彼女を取り巻く上司や同僚、後輩たちによるお仕事ドラマ。「長時間労働」のひとつの切り口として、現代の労働問題をシリアスになりすぎず、けれど確かなリアリティを持って浮かび上がらせている。
たとえば、もし『腐女子、うっかりゲイに告る。』が『秘密の告白』、『わたし、定時で帰ります。』が『彼女のルール』といった、かつて主流だった体言止め型タイトルだと、印象が一気に曖昧になるのがわかってもらえるだろう。文章・長文型タイトルは内容を凝縮して表すため、テーマに関心のある視聴者を引き込みやすいメリットがあるのだ。
ドラマの世界でこうした文章・長文型タイトルが増えた背景には、視聴者のドラマ離れが一因に考えられる。それこそ1990年代頃までは、新しいクールがスタートしたらどのドラマもひとまず第1話はチェックするという視聴習慣も珍しくなかった。けれど、インターネットが登場して以降、娯楽は多様化。テレビドラマは「観て当然」のものから、数ある娯楽の選択肢のひとつになった。
それに伴い、視聴者もある程度内容がわかるもの、興味を持てるものしか選ばなくなった。YouTuberの動画など顕著だが、タイトルだけで動画の趣旨が一目瞭然。ユーザーは気になるタイトルをクリックし、好きな動画を思い思いに楽しむ。今は誰もが簡単に娯楽を自分仕様に最適化できる時代だ。リターンの不明確なものに貴重な可処分時間を投じたくないと考えるようになるのは、ごく自然と言えるだろう。
だからこそ、テレビドラマもまた「選ばれる」ために、なるべくタイトルの段階で内容をわかりやすく表現するようになった。どんどん長文化していくタイトルの行間には、そんな現代人の娯楽と時間に対する意識と、つくり手たちの努力が読み取れる。
<ドラマ紹介>
TBS「火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』
毎週火曜夜22時~TBS系にて放送。
脚本:奥寺佐渡子、清水友佳子
出演:吉高由里子、向井理、中丸雄一、柄本時生、泉澤祐希、シシド・カフカ、桜田通、江口のりこ、梶原善、酒井敏也、内田有紀、ユースケ・サンタマリア ほか
原作:朱野帰子
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。18年に大腸がん発見&共存中。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
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映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。