金栗四三のブラックな面が浮き彫りに
とはいえ全体のバランスを崩すほど悪目立ちしているわけではない。全身全霊役を演じきるその熱量がすごくて圧倒されてしまうというだけである。むしろ、森山未來の表現に対する志は、結果的にその座組の熱を上げていくのではないだろうか。
拙著「挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ」に記した森山未來の「おそろしい子」的エピソードを紹介しておこう。ある映画の撮影時、セリフを言う前に森山はものすごく長い間を作っていて、その理由を「(撮影の)ペースに飲み込まれないように、間をとらせてもらいました」と答えた。映像ではどうしたってそこは編集で短縮することになるのはわかっていながらも、映像のお約束に演技を合わせない、その強烈な意思——すなわち役の感情を優先する森山未來に、私は感動を覚えた。
今回のこのサプライズも、森山未來からビートたけしに古今亭志ん生が変化していくうえで、志ん生の子供を森山未來が演じることで、ふたりのつながりを感じさせるうえ、ふたりの子供の対象的な部分が、生真面目な師匠の落語を尊敬していながらも型破りな方向に進んだという古今亭志ん生の二面性を間接的にも描くことになった気がして、じつに意義深いことだったと思う。
それを、NHK局員でなく、今回特別に参加した大根仁がやったこと。主役ではない森山がしっかり応えたこと。ふたりが力を合わせて、いわゆる、大河ドラマに爪痕を残したといえるだろう。外から呼ばれた意味は、いままでにないことをやってほしいという期待だと思うから。大根仁もおそろしい子ながら決して舞台あらしでないのは、その前に17回で「50人の四三」の映像があり、ふたりの森山未來はそれと呼応させたとも思えることだ。NHK局員と外部スタッフとが見事な連携プレーしている。
さて。どうしても森山未來万歳になってしまうが、この回、もうひとつ特筆したいことがある。
「今回もどうせ自腹だ池部家の財産を当てにするしかない」
このときの四三の横顔のシリアスなこと。大根仁演出回は「シベリア特急」の回もそうだったが、金栗四三のブラックな面が浮き彫りになるところも興味深い。ちなみに森山未來が北島マヤだとすれば、勘九郎は姫川亜弓くらいすばらしい俳優だ(ほら、ふたりとも演劇界のサラブレッドだから)。
次回、8年めのオリンピック! 引き続いて大根仁回!
【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』
NHK 総合 日曜よる8時〜
(再放送 NHK 総合 土曜ひる1時5分〜)
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか
第20回「恋の片道切符」 演出:大根仁
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。最新刊は渋谷、浅草、豊洲など東京のいろんな街を舞台にした連作小説『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワー・ブックス)。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(大和田俊之氏との共著)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
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ライター・編集者 小泉なつみ
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ライター 木俣 冬
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映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。