あらすじ
大正10年9月、美濃部孝蔵(森山未來)はついに真打ちとなるも、相変わらず生活が荒んでうだつも上がらない。心配した小梅(橋本愛)と清さん(峯田和伸)が縁談をもってきた。相手はおりん(夏帆・のちに池波志乃)。だが結婚しても荒んだ生活は変わらなかった。
開始11分まで、この「東京おりん噺」で、オープニング開けからはいつもの「オリンピック噺」。名門女学校・東京府立第二高等女学校(通称・竹早)の教師になった金栗四三(中村勘九郎)は、女子スポーツの普及を目指す。なかで村田富江(黒島結菜)と梶原(北香那)が頭角を表し、手作りユニフォームでテニスを行い人気を得る。だがそこへ岡山から来た人見絹枝(菅原小春)が「とつけむにゃあ」な力を発揮、富江たちは完敗。シマ(杉咲花)は絹枝に陸上をやらないかと誘うが……。
女性が輝ける時代の到来?と思いきや
少女たちが自由にテニスのユニフォームを作る場面の、薄布に透ける光と、少女たちの笑顔が美しく、女性が輝ける時代の到来かと思わせる。少女たちはフランスのスザンヌ・ランランをはじめとした西欧の選手たちの美しさに憧れ、美脚を求めて、陸上に挑戦することになる。強さのみならず美しさへの希求が行動原理になっているところは、二階堂トクヨ(寺島しのぶ)の思いも汲んでいるようだ。そんなトクヨは恋に破れ頭を丸めかつらをかぶって日本女子体育大学をつくる。嵐の中、シマに情念を見せる場面が最高。
シマが富江の靴下の親指と人差し指の間にちょきっとはさみをいれて足袋を作るところは、金栗運命のストックホルムオリンピックのときのY字路のよう。陸上に目覚めていく富江と、妊娠して激しい運動を控えることになるシマ。ここでまた道が分かれていく。
「なんか間が悪くて」「結局わたし、何も成し遂げてない」と悩むシマに、スヤは、「切り替えていかんとね」と明るい。金栗と結婚し子を成したスヤだからこその説得力。金栗は「でかしたー」と抱きしめる。
結婚し子供が生まれるのはめでたいが、シマは確かにちょっとお気の毒。彼女の状況には、現代の仕事と出産に悩む女性が大いに共感するところだろう。彼女のことだけでなく、22回は、2019年のいま熱く議論されている女性問題が描かれてSNSで賛同の声が盛んにあがった。なんといっても見た目問題。大正11年、富江は、金栗が行った女子陸上大会に参加、裸足で走り、全種目優勝し注目を浴びるが、富江の父・村田大作(板尾創路)が激怒、金栗は学校を解雇に。そうはさせじと富江たちが立ち上がる(教室に立てこもる)という展開に。美川(勝地涼)が怪しい露天商となって富江の写真を売っているのを見かけたときの板尾創路の目のアップが最高。このシーン、大正デカダンス的な雰囲気もそこはかとなく漂っていて良かった。
好きな格好をして何がいけないのか
女性の身体が男性の視線にさらされることを危惧する大作に、「男が目隠ししたらいい」という金栗に、SNSはそうだそうだと沸いた。ちょうど、パンプスやヒールを履くことを強要するのはおかしいという#Ku Too運動が盛り上がっていた時期と重なったからなおさらだ。それより前から、女性がセクハラされることには服装にも原因があるというような考え方に、好きな格好をして何がいけないのかという反発が多く出ていた。女性に限らず、好きな服を着て、履きやすい靴を履きたい、要するに、自分の道は自分で選びたいという気持ちは多くの人が持っているだろう。大正時代にその問題と戦っていた女性たちがいると思うと夢中で応援してしまう。しかも、黒島結菜が必死に叫んでいるのを見たら、そりゃもう応援したくなる。教室に立てこもって男が女らしさを勝手に決めるなら「男らしさも女が決めるべき」と声をあげる女子たちは痛快だった。
この展開を見ていて思い出したのが、子供の頃に見ていた男女が合体してヒーローになって戦う「ウルトラマンA」という画期的番組のことだ。女の子もウルトラマンになって戦っていると喜んで見ていたら、男女合体がおかしいと大人からクレームが来て、後半からヒロインがいなくなって男だけで戦うことになってしまった。幼稚園でヒーローごっこをするとTV番組のテンプレに沿って必ず女子は悪者に捕まり、それを男子が助けに来るというパターンでつまらないなあと思っていたから、女子がヒーローになれることが楽しかったのに。このときの釈然としない思いは大人になってもずっと引きずって離れない。
「いだてん」で菅原小春演じる人見絹枝が、風を切ってテニスをし、つま先を足まできれいにあげて金栗を蹴り上げるシーンは完璧にヒーローだった。こういうのが子供の頃、見たかったのだ。「いだてん」最高だ。
【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』
NHK 総合 日曜よる8時〜
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか
第23回「大地」 演出: 井上剛
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。最新刊は渋谷、浅草、豊洲など東京のいろんな街を舞台にした連作小説『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワー・ブックス)。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(大和田俊之氏との共著)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。