小さな気持ちが最初の一歩


私にはもう何度も宮藤官九郎作品について同じことを書き続けていることがある。それは「CDになれ」という「池袋ウエストゲートパーク」のセリフである。カセットやレコードのようなA面B面ひっくり返るのではなく全曲同じ面にあるCD。A面B面だとか男だとか女だとか大河だとか朝ドラだとか、ほんとはどっちでもいいし、そんなこと誰もがわかっているはずだし、ひとりひとりはそうなのに、なぜか多数であることが良いとされがちで、多数派の濁流に巻き込まれたら最後、なし崩しにそっちに流れてしまうこの世のこわさ。視聴率だろうがそれとは違うほかの指標だろうが、数の大小、どうでも良くないですか? 自分が好きなら好きでいいじゃないですか。自分の好きな曲を好きなだけ聞けばいい。
東日本大震災でTwitterが普及したのは、震災で孤独になった者が見えない誰かに向かって声をあげたら誰かが応えてくれたからだと感じていた。応えてくれる人がどこかにいることが支えになった。その数年後に東北を舞台にしたドラマ「あまちゃん」がはじまって、アキちゃんを応援し、震災で地元に閉じ込められたユイちゃん(小梅を演じた橋本愛)をTwitterでみんなが応援した。いつだって、誰にも伝わらないかもしれない、私の小さな気持ちが最初の一歩。「いだてん」もそういう物語だから私は好きだ。

 

私が「いだてん」が好きだと思ったのは、ちょっといい話に嘉納治五郎がまとめようとしたら「馬鹿が走るからみんなが笑っとるだけたい」とスヤ(綾瀬はるか)が言うところ。この連載コラムでも宮藤官九郎の描く男はみんな「馬鹿」でそこがいいと書いたことがあるが、馬鹿というのは、信じたものにまっしぐらではあるとはいえ、向かう先が泣きだろうが笑いだろうがどっちでもよくて自分の好きにしている人のことだと思う。中村勘九郎は徹頭徹尾、そういう人物の役を貫いた。
もうひとり讃えたいのは二階堂イクヨを演じた寺島しのぶ。運動会でズラがとれて坊主頭を披露してしまうところにも、馬鹿魂に賛同してやっているのを感じて拍手を贈りたい。台本には「カツラがずれる」と書いてあったのみで、撮影当日、寺島が外れるところまで熱演したそうだ。

勘九郎、寺島だけでなく、出演者、みんながそうだった。
そして、運動会のその晩バラックから泣き声が聞こえなかった(いつも夜になるとみんな泣いている)のは「みんな疲れてとっとと寝ちゃったんでしょう」と志ん生(ビートたけし)がさらっとサゲる(オチを言う)ところ。一同爆笑ではなく、さらりと乾いた調子で終わるのが落語のすてきなところのような気がする。
誰もが食べて働いて運動して笑って寝て……そんな毎日。

さあ、今度は、阿部サダヲがバトンをもって馬鹿の道を爽快で痛快に走ってくれるだろう。
なにしろ29日の午前中に放送された応援特番のタイトルは「メダルがばがば大作戦」だもの。
がばがばって…ほんと馬鹿だねえ。
 

【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』


NHK 総合 日曜よる8時〜
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか

第二部 第25回「時代は変る」  演出: 井上剛

 

※この連載は、第一部をもって終了になります。木俣冬さんによる「いだてん」各話レビューの続きはこちらで読むことができます。ぜひご覧ください。

「いだてん」各話レビューの一覧はこちら>>

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。
エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

前回記事「大河と朝ドラ、どう違う?NHKに聞いてみた【いだてん 第23回】」はこちら>>

著者一覧
 
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映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

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文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。最新刊は渋谷、浅草、豊洲など東京のいろんな街を舞台にした連作小説『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワー・ブックス)。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『文化系のためのヒップホップ入門12』(大和田俊之氏との共著)など。

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ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002

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メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

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ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

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ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

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ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

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ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

 
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