荻上 大好きな小川洋子さんという作家さんが、「物語はすでにあって、自分はそれを見つける作業をしているだけだ」というようなことをおっしゃっていたんですね。脚本を書き始めたときって「あと何ページも書かないと2時間の作品にならないんだ」と途方に暮れるんですけど、その小川さんの言葉を思い出すと「どこにあるか分からないけどいつか見つかる、そのためのこの何十時間なんだ」みたいな気持ちになれるんです。

川内 作品作りは自分の人生と共にあるものなので、次こそ到達したいと思っているところの近くまで行けたらいいな、と思いますよね。それが何なのかは分からないですけど。


Q.お二人が作品を通して伝えたいと思っていることは何なのですか?


川内 よく聞かれるんですけど、あんまり押しつけがましくしたくなくて。だからいつもズバリとは言わないんですけど、何かを感じ取ってもらえたら出した意味があるかなあとは思っています。

荻上 うんうん、ですよね。

 

川内 自分が見てすごいなと思った景色って、普通にシェアしたいというか。今はSNSが発達しているから、みんなインスタとかに「今日食べたご飯美味しかった」とか上げたりするじゃないですか。そんな感じの、わりと単純な理由もあったりします。シェアしたいという思いがなかったら、別に発表しなくてもいいわけですから。だけどそこで「何か伝えたい」というのはなくて、それぞれの人が何か引っかかってくれたらいいなと思ってるんです。「綺麗だな」でも「小さい頃を思い出した」でも、何か心が動く一つのきっかけになったら、出した甲斐があるというか……。

荻上 分かります分かります。

川内 最近、情報が多過ぎて大抵のことはスルーしちゃうじゃないですか。そのときにハッと心が動くのって、けっこう大事なことだなと思っているんですよ。

荻上 私も「こういうふうに思ってほしい」とかはなくて。エゴイストなので「俺が俺が」みたいな感じで勝手に作ってるんです(笑)。でも上映して笑いが起こると無性に嬉しいんですよ。

川内 たしかに、荻上さんの作品は毎回笑うシーンがたくさんありますよね。

荻上 それが私のカラーかなと思って。そんなシリアスな話というよりは、ユーモアを込めて、笑ってもらいたいんです。でもあんまりウケ狙いすぎると、そこは外したりするんですけど。あと面白いのは、映画館って笑いの神様が来るときと来ないときがあって、大爆笑になるときもあれば全然笑ってもらえないときもあるんですよ。

川内 へー、面白いなあ。

荻上 誰かが引っ張ってくれるとガンガン笑ってくれるし、反対に「神様どこに行ったんだろう」みたいなときもあります。とくに外国のお客さんは反応が大きいので、ドッと笑ってもらえる。「ああ作って良かった」という思いは、意外とそういう瞬間にわき起こります。

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「なんで生まれてきちゃったんだろうって、ずっと思っていました」“ひとり”が当たり前になった時代に、映画監督・荻上直子がろくでもない愛すべき人々のアパート暮らしを描く、書き下ろし長編小説。高校生の時に母親に捨てられ、知り合いの家や建設現場を転々とし、詐欺で入った刑務所で30歳を迎えた山田。出所後に海の近くの塩辛工場で働き始めた彼は、川べりに住みたいと願い、ムコリッタという妙な名前のアパートを紹介される。そこには図々しい隣人の島田、墓石を売り歩く溝口親子、シングルマザーの大家の南など、訳ありな人々が暮らしていた。そんな山田に、役所から一本の電話がかかってきた。幼い頃から一度も会っていない父親が孤独死したので、遺骨を引き取ってほしいという――。ずっと一人きりだった青年は、川沿いの古いアパートで、へんてこな仲間たちに出会う。友達でも家族でもない、でも、孤独ではない。“ひとり”が当たり前になった時代に、静かに寄り添って生き抜く彼らの物語。


取材・文/山本奈緒子
撮影・構成/川端里恵(編集部)

 

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