生きていると、「なぜ自分ばかりがこんな辛い目にあうのか」と悲嘆に暮れるときもあります。7年前に夫である流通ジャーナリストの金子哲雄氏を亡くし、現在、終活ジャーナリストとして活動されている金子稚子さんが、ご自身の経験から、辛い気持ちとの向き合い方についてお話ししてくださいました。

 

まぁたさんからの質問

Q. 主人を亡くしたうえ、自分もがんに。なぜ私ばかり辛い目に遭うのでしょう?
 

主人を数年前に亡くし、辛い日々を送っていた中、今度は私ががんになりました。毎年経過観察していたのですが、思っていたよりがんが大きく、現在は手術待ちです。がんの確定診断にも時間がかかり、手術の日程もわからず、不安と心配だらけです。なぜ私ばかり辛い目に遭うのか考えると生きていく気力がなくなるので、あまり考えないようにしていますが、どう気持ちを立て直していけばいいのかわかりません。ご助言お願いします。(50歳)


終活ジャーナリスト 金子稚子さんの回答

A. なぜ辛いと感じるのか、その感情を細かく分析してみてはいかがでしょうか?

本当にお辛いことだと思います。何と言ったら良いか、言葉が見つからないのですが……。さらにそう考えると生きていく気力がなくなるとも書かれています。でも、そのうえであえてお伺いしたいと思うのですが、なぜまぁたさんばかりが辛い目に遭うのだと思われるのでしょうか……? その理由を、探してみませんか?

ご主人を亡くして、ご自身もがんにかかり、本当にお辛いと思いますが、そこには「辛い」という感情しかないものでしょうか? また、なぜ辛いと思うのか、その感情を細かく分解する作業をされてみてはいかがでしょう。なぜ辛いのか、とくにどういったことが辛いのか、あるいはどういったときに辛いのか、など……。

私は辛い状態にある方に、「生きているだけですごい」とか「光はあります」とか、口が裂けても言いたくないと思っています。というか、言えない……。辛いときの光はあまりにも眩しいもの。でも、だからこそ今、暗闇の中で見えるものを探してほしい、と思うのです。それは“今”に集中することでもあるのですね。

私の夫は、がんが見つかったとき、腫瘍が呼吸を阻害していて今この瞬間にも息絶えるかもしれない、という状態でした。夫はそんな中でも、自分にできることを探しましたが、そのような力さえないときというのもあるものです。そんなとき、今この瞬間をただ生きたのです。食べること、何かに触れること、見ること……。お茶一つ飲むにしても、温かさを感じながら飲み込むことに意識を向けたのです。

 
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