この夏、本好きの間で熱い話題を呼んでいる『掃除婦のための手引き書』。
著者は、無名のまま世を去った後、時を経て出た短編集がベストセラーになり、世界中で翻訳されている作家ルシア・ベルリン。3度の結婚と離婚、4人の息子のシングルマザー、アルコール依存症、毒親、虐待。波乱万丈の人生をもとにした作品の数々が、なぜいま共感を呼んでいるのでしょうか? 出版を熱望した人気翻訳家・岸本佐知子さんと、いち早くルシア・ベルリンに注目していた山崎まどかさんによる、満員御礼「ルシア・ベルリン・ナイト」イベントから、その魅力を紹介します。
本人のたたずまいがすでに「物語」の作家ルシア・ベルリン
岸本佐知子さん(以下、岸本) まどかさんは、ルシア・ベルリンをどうして知ったの?
山崎まどかさん(以下、山崎) この『掃除婦のための手引き書』の底本(=元になる本)(A Manual for Cleaning Women)が、2015年にアメリカで出たとき、すごく話題になっていたんです。確か「ニューヨーク・タイムズ」か「パリス・レビュー」で特集記事を読んだのだけど、この日本版の本の表紙になっている麗しいポートレートが載っていて。ルシアは、美人というだけではなくてたたずまいが「物語」なんですよね。
岸本 そうなんですよね。
「アメリカ文学界最後の秘密」と呼ばれたルシア・ベルリンの初めての邦訳作品集。人気翻訳家・岸本佐知子さんが、翻訳を熱望して実現。2004年の逝去から10年を経てアメリカで刊行され、たちまちベストセラーとなった短篇集A Manual for Cleaning Womenより、岸本佐知子氏がよりすぐった24篇を収録。『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』(著)ルシア・ベルリン、(翻訳)岸本佐知子(講談社刊 ¥2200・税別)
山崎 この煙草のかっこいい持ち方は何なんだと。顔に物語の風情があって、そこでぐっとつかまれる作家っているんです。だから写真を見たとき、彼女がまるで自分を呼んでいるように思えて、その日のうちに新宿のBooks Kinokuniya Tokyoに買いに行って、読み始めたら夢中になって。
岸本 ルシア・ベルリンの作品って、彼女そのものなんですよね。彼女の写真からは、小説の「声」を感じられるような気がします。装幀をしてくれたクラフト・エヴィング商會のお二人(吉田篤弘氏・吉田浩美氏)との打ち合わせで、写真が美人すぎて作家本人とわからないんじゃないかという話になって……。
山崎 ストックフォトだと思われるかも、とか。
岸本 映画化されていて女優の写真だと思われるんじゃないかとか。だから、間違えられないように、本の中にもう1枚写真を入れたの。彼女は3回結婚しているんだけど、この2枚とも3番目の夫が撮った写真なんですよね。
山崎 素晴らしい作家は大勢いるけれども、本と恋に落ちたという気持ちになることはそうそうになくて。けれども、ルシア・ベルリンには、最初の短編「エンジェル・コインランドリー店」で、もう心を持っていかれたんです。夜中のコインランドリーで、インディアンの男性に、肩に手を置かれて、コインを渡される。えっ、お金くれるの? と思うとそうじゃなくて、アルコール依存症で手がカタカタと震えて乾燥機が動かせないんです。そこでもう……。
岸本 そこなの?(笑)
山崎 あっ、やばいと思って(笑)。アメリカではすでに大評判で、作家の死後出版された本で初めてNYタイムスのベストテンに入ったというぐらい売れていた本なんですけど、少なくとも日本でこんなにルシアを愛しているのは私だけ、という気持ちになっていたら、岸本佐知子がすでに雑誌で1篇翻訳していることがわかって。岸本佐知子、怖ろしい子って思って(笑)。なんだ、私は岸本佐知子の掌の上かって思ったんですよ(笑)
岸本 そんなことないよ!(笑)
山崎 私の好きな人は、みんな岸本さんが知っている、って思って。
岸本 ミランダ・ジュライは、まどかさんに教えてもらったじゃないですか!
「俺たちのルシア」――
日本でルシアを愛しているのは私たちだけ
山崎 岸本さんはいつ、ルシアを知ったんですか?
岸本 私が最初にルシアを知ったのは、十数年前、いつもクールなリディア・デイヴィスが、キャラが崩壊するぐらいにほめちぎっている文章を読んだのがきっかけなんです。それで最初に手に入れたのが、ソフトカバーの薄い本。それがすばらしかったので、手に入る残りの3冊も、出版社ではもう品切れだったのを、古書で取り寄せたの。私もその段階では、ルシアを知っているのはたぶん日本で自分だけと思っていたんですね(笑)。その頃はアメリカでもほとんど知られていなかったし。全部で七十数編ある短編を老後の楽しみにとっておいて少しずつ訳していこうと思っていて。だから、2015年にアメリカで出た本がベストセラーになったときは、ちょっとあせったんです。でもまあ、日本ですぐに読んでいる人はそんないないよなと思っていたらまどかがいたので、私は私で「まどかは怖ろしい子!」と思ってた(笑)。
山崎 その段階で、日本でここまでルシアを愛していたのは私たちふたりだけ(笑)。
岸本 「俺たちのルシア」状態で(笑)。この本の版権がとれて翻訳できることになったとき、原書の43編を全部入れるのは無理なので作品をセレクトしなければいけなくて、まどかさんにけっこう相談したんですよね。
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