「女は数学ができない」という刷り込みが数学ができない女をつくる


幼いころから「女“なのに”頭がいい」「女“なのに”理系」と言われ続けた挙句、大学では「女は男より頭が悪い」と言われた脳科学者の中野さん。最近流行中の「男脳・女脳」――女性は感情的で男性は理論的とか、女性はマルチタスクが得意で男性はじっくり取り組むとか、女性は文系が得意で男性は理系が得意とか――については、どんなふうに思っているのでしょうか。

「神話です。性別による有意差(統計として認知されている、誤差とは片づけられない差)がないわけじゃないんですが、それよりも個体差のほうが大きい。どういうことかというと、例えば、女性と男性の体形で最も理解しやすい“有意差”は、おそらく身長です。日本人男性の平均身長172cmで、女性は158cmと、平均値もこれだけ違うし、つまり明確にジェンダーディファレンスがあるってことなんですが、でもそれをしのぐ個体差も結構ありますよね。大林素子さんは182cmだし、“身長高くなる薬作ってくれ”の池乃メダカさんは149cm。脳も身長と同じで、男女による有意差はあるけれど個体差のほうが大きいんです」

つまり男性の脳の特徴と女性の脳の特徴はあるにはあるけれど、誰もが必ずしもそれに分類されるわけじゃない。“男脳”とされる特徴を持った女性もいるし、“女脳”とされる特徴を持つ男性もいます。「エンタテイメントとして楽しんでいるだけだから、目くじら立てることも」という人もいるでしょうが、それがさも一般論のように語られることには、別の由々しき問題があると中野さんは言います。

「社会心理学の用語に“ステレオタイプ脅威”というものがあります。これは、例えば“女の子って数学が苦手だよね”というメッセージを受け取り続けている女の子は、本当に数学ができなくなってしまうというもの。成績それ自体もそうなんですよ。中学くらいまでは女の子のほうが平均として成績がいいのに、高校に入ると成績が下がってしまう。それって“頭のいい女の子はモテない”という刷り込みがあるから。私も嫌というほど言われました、“女が東大に入ると結婚できない”って。東大の先生からすら言われましたから、本当によくないですよね」

そして、そうした社会の刷り込み、思い込みを乗り越えて研究者になった中野さんのような人には、さらなる別の罠が待ちうけているのです……。

 

脳科学者・中野信子  1975年、東京都生まれ。脳科学者。医学博士。横浜市立大学客員准教授。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンで研究員として勤務後、脳科学についての研究と執筆活動を行う。近著に『キレる!』『メタル脳 天才は残酷な音楽を好む』『自己肯定感が高まる脳の使い方』『サイコパス』など。


「男性教授に女性の研究者の評判を聞くと、“彼女は結婚してるの? 子供は産んだ?”というようなことを必ず言いだすんですよ。そんなことは研究の業績と何の関係もないし、男性研究者は聞かれない。なんなら、男性の先生方の中には、妻の“内助の功”に支えられて研究に専念できている人も少なくないけれど、女性の研究者はそういうもの全部をひとりでやるのが当然のように言われてしまうんですよね」

そうした生きづらさから、中野さんが解放されたひとつのきっかけは、2008年に研究者としてフランスに渡ったこと。そこで感じた“意見する女性”への対応の差とは……。インタビューは後編へ続きます。

 

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女の損は見えづらい

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コラムニストのジェーン・スー氏と脳科学者の中野信子氏が、これからの女性の生き方を対談形式で語り合います。


撮影/塚田亮平
 取材・文/渥美志保
 構成/川端里恵(編集部)
 
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