息子のピアノ発表会で。シャツ、蝶ネクタイ、ベルトはZARA。ズボン、ソックスはGAP。

最近、街で出会う子連れのお母さんたちの表情が、どことなく疲れているような。先日もご近所の女性から、「もう、早く学校始まってくれませんかね!」なんて声をかけられました。

8月半ばには、7歳の息子の初めてのピアノ発表会がありました。我が家から片道2時間かかる、私の母のご近所の先生についているので、レッスンも2ヶ月に一回程度。日々の練習は、私がみています。

例えば、子どもが練習したくなかった日のとっさの対応。

ぬいぐるみを使って幼稚園ごっこを続けたい息子(先生役)に、私「それでは先生、ピアノで子どもたちの伴奏をお願いいたします。」

ぬいぐるみを使って野球ごっこを続けたい息子に、私「バッターが登場する時の音楽弾いて。ハーフタイムショーでもピアノ弾いて。」

私も発表会がある手前、切羽詰まって「あの手この手」が次々頭に浮かんできます。息子も、童謡やクラシックではなく自分の好きなJ-POPの曲を選んでいるので、最終的にはノリノリで練習をし、本番に臨んでいました。

スポーツはというと、親子でサーフィンやボルダリングをしたり、(息子が昨年春に始めた)柔道の稽古や試合にも参加したりました。(今は毎日、テレビで世界柔道選手権を観るのが楽しみ!)こちらも、夫か私がある程度教えられることが中心で、費用もそれほどかかりません。

ちなみに夏休み中、子どもには、いわゆる机に向かうお勉強はさせなかったのも、我が家らしい。余暇は好きな遊びに没頭できる幸せ感。先取り学習をしていないからこそ、授業が新鮮に感じられて集中できる。勉強はいやいやさせられるものという刷り込みを避ける、という点を小学校低学年では優先させています。

いずれ学校に行きたくない、と言い出しても、別のポジティブな過ごし方ができる土壌も、幼いなりに育んできました。大相撲、乗り物、家電製品、ぬいぐるみなど、本人がのめり込めることが既にいくつもあり、そのことがむしろ、確実な進学というレールに早くから乗せることよりも、親としての安心材料になっています。

スイスから帰国した翌日には、義母の住む大分県へ家族で向かいました。昭和の大横綱、双葉山の記念館「双葉の里」(宇佐市)にて。

そして世の中には、子どもビジネスがたくさん存在するので、取捨選択をしなければ、と感じます。ただし、我が家にとってはマイナス評価のサービスや商品でも、家庭の状況や方針、子どもの個性が違えば利用価値の高いものになるのでしょう。周りの多数派や広告には振り回されずに、直感と経験に基づく自分なりの教育哲学を意識していると、「この子にとって有意義なもの」だけでなく、「時間もコストもかけない方が良いもの」がはっきり見えてくるので、今のところ教育に対して比較的楽に向き合うことが出来ています。