以上のことからも解るように、様々な非認知スキルの中でも、特に注目すべきは「学級会などの話し合いの活動で、自分とは異なる意見や少数意見のよさを生かしたり、折り合いをつけたりして話し合い、意見をまとめている」という能力だろう。美術教育や音楽教育の素晴らしさも、たしかにあるが、演劇教育が得意とするのはこの分野だ。これまでも紹介してきたように、私はよく、小学校の先生方には「声の小さい子は、無理して大きな声を出させなくていいですよ」と指導する。声の小さい子は「声の小さい子」という役をやらせれば一番うまいからだ。このように、どんな子供にでも居場所を作り役割を分担できることが、演劇教育の最大の利点だと私は考えてきた。

読書に次ぎ、子どもの教育格差を生む「経験」とは?_img0
 


親の「勉強しなさい」は逆効果?!


浜野教授の研究には、他にも興味深い調査がある。
ベネッセ教育総合研究所で行われた「教育格差の発生・解消に関する調査研究報告書」は、学力テストの上位層(A層)と下位層(D層)に関して、親の日頃の子供に対する働きかけ、接し方の何が影響しているかを細かく調査している。

一番ポイント差の大きかったのは、「家には、本(マンガや雑誌を除く)がたくさんある」という項目で、小六の国語の学力テストの結果A層は72.6%、D層は48.0%と、二五ポイント近い差がある。ちなみに算数の数値でも15ポイントほどの差がある。
 他にも、

・子どもが小さいころ、絵本の読み聞かせをした……17.9ポイント差
・子どもが英語や外国の文化にふれるよう意識している……17.5ポイント差

などがある。興味深いのは、次に大きなポイント差が付いたこの項目だ。

・博物館や美術館に連れて行く……15.9ポイント差

これは、「毎日子どもに朝食を食べさせている」の10.4ポイント差を大きく上回っている。もちろん、「博物館や美術館に連れて行くような親は富裕層だから、子供を塾に行かせられるだけではないのか?」という疑問もあるだろう。しかし、浜野先生に伺った話では、同等の所得層でも、こういった文化施設に連れて行く家庭と連れて行かない家庭では、子供の成績に有意な差が見て取れるそうなのだ。

この点、これまで本連載で指摘してきた「教育政策と文化政策を連動させて、子供一人一人の身体的文化資本を高める必要がある」という主張に、強いエビデンスが現れたと私は思っている。
余談になるが、さらに興味深い指標もある。

・ほとんど毎日、子どもに「勉強しなさい」という……-5.7ポイント

これは衝撃的な数字だ。乱暴な言い方をすれば、このD層の親たちは、「子供に『勉強しろ、勉強しろ』とは言うが、博物館・美術館には連れて行かない」ということだ。あるいは、子供の成績を上げようと思ったら、「勉強しろ、勉強しろ」などとは言わずに、周りにそっと本を置いておいた方がいいのかもしれない。


格差解消にも有効な「演劇教育」


さて、最新の教育統計は以上のような結果であり、そこから導き出される対応策も明確だろう。しかし、これを教育政策、文化政策として考えた場合には別の視点も必要となる。
博物館・美術館あるいは劇場に子供を連れて行くことが、学力テストの成績と相関性があることは解っていても、時間的、経済的制約があって連れて行けない親もいる。連れて行きたいとは思っても、どこに連れて行けばいいのか解らない親もいる。

それを自己責任というのは難しく、また、たとえそうだとしても子供の責任ではない。さらに、最終的に学力格差は社会全体を不安定にするので自己責任として放置しておいていい問題でもない。

ここに、今後の教育政策、文化政策の大きな課題がある。すべての子供たちに演劇教育、芸術教育を提供することが、最終的に社会全体のコストとリスクを軽減させる。冷静で長期的な視野に立った政策立案が、いまこそ望まれている。
(了)
(ひらた・おりざ 劇作家)
 

※本連載は加筆再構成のうえ2020年3月に講談社より刊行予定です

前回記事「子どもの学力を底上げさせる「非認知スキル」とは何か」はこちら>>

 
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