『ジョーカー』で監督が訴えたかったこと

大ヒット映画『ジョーカー』観る前に知っておくべき賛否両論の理由_img0
数々の名優が演じたジョーカーを、怪優ホアキン・フェニックスがどう演じるか。

メディアの評も真っ二つだ。というか、権威があるメディアは概して『ジョーカー』に否定的だ。10月2日付「TIME」誌の、「『ジョーカー』の真の問題は、残酷な暴力ではなく、現代についての混乱したメッセージの方なのだ」はまだ穏当。10月3日付「NewYorkTimes」は「面白くもなんともない。真面目に捉えることなんか無理。何かのジョークなのか?」と酷評。10月9日付「The New Yorker」のように「ジョーカーが踊るシーンで、児童性的虐待で服役中のゲイリー・グリッターの曲を使うのは不謹慎」という揚げ足取りに近いものまである。

 

否定的な評を受けた理由に、監督のトッド・フィリップスがこれまで『ロードトリップ!』や『ハングオーバー!』といった評論家筋のウケが悪い反良識的なコメディを撮ってきた人ということが挙げられる。名のある映画評論家たちは「フィリップスが撮った映画なら、暴力的な男がバカ騒ぎする映画に違いない」という刷り込みを得た状態で観てしまったというわけだ。

こうした意見に同調するリベラル層からは「デモに参加する暴徒はまるでトランプ・サポーターの白人オルタナ右翼のようだ」なんて意見も出ている。実際には、暴徒は多人種から成っているし、彼らの怒りの対象であるトーマス・ウェイン(のちにバットマンになるブルース・ウェインの父)はビジネスの世界での成功をバックに政界に打って出ようとする設定において、明らかにドナルド・トランプをモデルにしているのだが。映画ではブレット・カレンが演じているこの役は、当初は現在お笑い番組『サタデー・ナイト・ライブ』でトランプを演じているアレック・ボールドウィンがキャスティングされていたのだ。 

『ジョーカー』でフィリップスが訴えたかったことは、悪人は最初から絶対悪として生まれてくるわけではない、社会が生み出すということだ。弱者が社会から疎外されることを行政が防げたなら、犯罪は必ず減少する。そんな当たり前の努力を放棄する一方で、金持ちがヒーロー気取りで弱者を成敗するなんてもう勘弁。そんな世の中はぶっ壊してしまえ!
こうした語り口の好き嫌いは別にしても、『ジョーカー』は社会の現実をこれ以上ないほど写し出した映画である。貧困率(手取りが平均の1/2以下の割合)の高さがG7中、米国に次いでワースト2位の日本で大ヒット中なのは、だから当然のことなのだ。
 

<作品紹介>
『ジョーカー』

絶賛公開中
ワーナー・ブラザース映画
(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics


文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。最新刊は渋谷、浅草、豊洲など東京のいろんな街を舞台にした連作小説『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワー・ブックス)。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『文化系のためのヒップホップ入門12』(大和田俊之氏との共著)など。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

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著者一覧
 
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映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

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文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。最新刊は渋谷、浅草、豊洲など東京のいろんな街を舞台にした連作小説『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワー・ブックス)。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『文化系のためのヒップホップ入門12』(大和田俊之氏との共著)など。

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ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。

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メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

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ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

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ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

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ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

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ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

 
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