パリに来てから読書をする様に芝居に行く様になった。シネフィルだった青年期、演劇の何とも言えない生々しさには苦手意識を持って敬遠していた、、、嗚呼食わず嫌いの何と勿体ない事!ソルボンヌで仏文学をやり直した時に、課題で嫌々観に行ったコメディ・フランセーズのモリエールに感激し、芝居の面白さは、この≪何とも言えない生々しさ≫にあったのだ、と分かった。

演劇は、完璧な状態でパーフェクトに編集された作品を、安心して好きな時に観る映画とは真逆にある。俳優のコンディション、オーディエンスの醸し出す空気感やリアクションが作品に少なからず影響を与えるし、突発的なハプニングもありうるのだから、同じ演目でも、必ずしも同じ作品とは言えない。芝居は生きていて、役者と観客との真剣勝負だな、と思った。

「ドニ・ラヴァンがベケットをやるんだ。キミは知らない役者だろうけれどね、凄いアクターだよ彼は。一目見たらわかる。」随分と年上の友人が、私の返事を期待せずに何気なく放った一言に、胸が高鳴った。即答で行く!と応えた私に、友人が面食らう。

出典www.unifrance.org

三十年前、まだ日本で仏文学生だった頃に観た映画『ポンヌフの恋人』での、ムッシュー・ラヴァンの演技は確かに衝撃だった。いやあれは演技ではなくて、本人そのものだったのかもしれない、と今でも思っている。冒頭の写真は、現在のラヴァン氏。良い顔をしているなぁ。

劇場はパリ指定文化財にもなっているアテネ劇場。アールヌーヴォースタイルの美しい入口に魅了される。
劇場内はロココスタイル。ロココとは優雅な曲線美と金銀花鳥風月のゴージャスな共存が特徴。ルイ15世の宮廷で流行った様式。
 

華やかな劇場内とは真逆のシンプルな舞台。真っ暗な背景に、机と段ボールだけが存在している。この不条理なコントラストに、妙な居心地の悪さを覚え、芝居が始まる前から完全にベケットの世界観に引き込まれていた。

 

今回の演目は、ベケットの『クラップ氏 最後のテープ』。テキストは十ページにも満たないモノローグだ。

 

三十年ぶりに再会したムッシューは、沢山沢山歳をとっていて、皺だらけ。でも滅茶苦茶格好が良くて、佇まいに迷いが無い。紆余曲折があった事は、ゴシップ記事で知っていたけれど、結局は良い生き方をしてきたんだろうなぁと思った。

 

歳をとればとる程、生き方が顔に出てくる。こればっかりは嘘をつけないから心底怖いなぁと思う。舞台のテーマとも相まって、三十年後の自分に思いを馳せた。