失業中の夫がフランチャイズの配送ドライバーになり、これまで家計を独り支えてきた介護士の妻はひと安心……かと思いきや、それが苦難の日々の始まり−−。NHK「クローズアップ現代」で是枝裕和監督と“家族”と“社会”をテーマに語った対談も話題となった、イギリスの巨匠ケン・ローチ監督。その最新作『家族を想うとき』の公開を記念して、放送作家の町山広美さん、フリーライターの武田砂鉄さんのトーク・イベントが開催されました。

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オムツをして運送する宅配ドライバーたち


私たちがいつもお世話になっている配送ドライバーの驚きの労働条件、多くの人が自分を「消費者」意識、萩生田大臣の「身の丈発言」の弊害などなどお二人の鋭い考察からは、うっかり見過ごしそうな「今の日本」が見えてきます。

武田砂鉄さん(以下、武田) この映画の『家族を想うとき』という邦題、僕はいいと思うんですが、どうなんだという議論もあるようで。これだと、すごくポカポカした映画を想像しますよね。

町山広美さん(以下、町山) 私、この映画のお父さんを見ていて、なんかヤクザ映画みたいだなって。巨大な敵に対し、一人きりで決死のカチコミをかける!みたいな。

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『家族を想うとき』より photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

武田 ただ普通に暮らしているだけなのにねえ。観客の方には、タイトルの印象とは異なる、社会の現状に胸を突かれるような鑑賞体験をしていただけたらなと。

町山 英語のタイトルは不在配達票にある文言「Sorry We Missed You(すみません、あなたを取りこぼしました)」なんですが、weが誰でyouが誰なのかというところに含みがあるんですよね。

武田 83歳という年齢のケン・ローチ監督が、ここまで怒っているという。一度宣言した引退を撤回して撮った作品なんですよね。

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武田砂鉄(たけだ さてつ)
ライター。1982 年生まれ。東京都出身。大学卒業後、出版社で主に時事問題・ノンフィクション本の編集に携わり、2014 年秋よりフリー。著書に『紋切型社会──言葉 で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、2015 年、第 25 回 Bunkamura ドゥマゴ文学賞受賞)がある。2016 年、第 9 回(池田晶子記念)わたくし、つまり Nobody 賞を 受賞。「文學界」「SPA!」「VERY」「暮しの手帖」などで連載を持ち、インタビュー・書籍構成なども手がける。


町山 イギリスの福祉制度と貧困を描いた前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、日本でも多くの方が見たと思いますが、世界中での反響がすごかった。それがあって「今撮らなきゃいけない作品」と思ったんでしょうね。

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町山広美 (まちやま ひろみ) 
AD を経て、20 歳で放送作家に。バラエティー番組を持ち場として、現在の担当番組は『有吉ゼミ』『マツコの知らない世界』『MUSIC STATION』ほか。『幸せ!ボンビー ガール』ではナレーターも兼任。映画レビューも女性誌を中心に多数執筆。『In Red』の長期連載「レッド・ムービー、カモーン」では同時期に公開される 2 本の映画を同 時に、『and GIRL』では「町山広美の女子力アップ映画館」と題したコラムを連載中。


武田 ユニクロに潜入したノンフィクション作家、横田増生さんの新作『潜入ルポAmazon帝国』が、完全にこれなんですよ。配送ドライバーがトイレに行く時間がなくて尿瓶を携帯する話がありましたが、Amazonにはオムツを捨てる場所があるんです。ドライバーが高齢だからか、もしくはこの映画のように効率が悪いと給料に響くからか。

町山 この映画を観ると「ポチっていいのだろうか」と考えさせられます。

武田 時間指定と不在配達が、ドライバーの労働環境を悪化させてるんですよね。

町山 でも忘れてしまう私たち。みんなもやってるじゃん思っちゃう。


「働き方改革」は「働かせ方改革」


町山 映画は「労働者階級」を描いていて、登場人物にもその自覚があるんです。日本で事情が違うのは、みんな自分のことを「消費者」としか思ってない。「労働者」の自覚がないんです。こう言ったら何ですが、日本の方がずっと切迫した状況だと思います。

武田 元号代わりの9連休の時、僕と同世代の派遣社員の人に聞いたら「10日休んだらマジで大変」と。月の収入の1/3がなくなる、それで生活しなきゃいけないから。でもその苦労は、テレビ見ても新聞見ても伝わってこない。

町山 「サラリーマンの正社員」が前提なんですよ。

武田 それでいて労働の観点で何かミスがあると自己責任、「儲からないのはお前のせいだ」って言う。

町山 「働き方改革」だって、実質「働かせ方改革」で、雇うほうの都合が良くなっているだけ。映画で描かれるフランチャイズ(個人事業)システムも、権利を与えているようでいて実は奪っているものなんです。そういう中で「自己責任で」と言われて、イエスと言ってしまう。本来はその枠組み自体が間違っているのに。

武田 「戦時中はもっと大変だった、今の若い世代は生ぬるい」という感覚を押し付けてくる年配者がいて、それがある種、社会の指針のように「だから、これくらいやれ」と強いられる。萩生田文科大臣だって、ああいう形で「身の丈発言」がポロッと出てくるのは、あれがあの人の本音だから。そこはちゃんとかぎ取って認識していかないといけない。

町山 映画でも親が「大学だって行きたいなら行ける」と言っても、息子は「僕は行けないんだろ」って言うシーンがありました。親のことを考えるとそう思ってしまいますよね。

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『家族を想うとき』より photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

武田 今の若い世代はそういう空気を察知する能力が高いし、「身の丈発言」を受けて「自分は大学に行ってはいけないんだ」と思ってしまう。そういう判断で形成される社会って本当に寂しいし、そう仕向けようとする人たちを突いていかないと。

町山 「枠組み自体が間違ってる」と大人が言うべきだし、そういう枠組みに対して「イエスと言わなくてもいい」と思える、ヒントを与えられる世の中にしないと。

 
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