観終わったあと、心の引き出しに入れて、後から何度も引っ張り出しては味わいたくなる映画が稀にあります。私にとって『マリッジ・ストーリー』は、そんな大切な映画のひとつになりました。
「離婚を描いているのに、観ると結婚したくなる」。この映画のことをそう評した人がいるけれど、その言葉通り。アダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソン演じる夫婦の離婚を巡るストーリーなのに、タイトルが『ディボース(離婚)・ストーリー』ではなく『マリッジ・ストーリー』なのは、夫婦の「愛」を描いているから。
離婚経験者の私には開始1分後にはすでにキューっと胸を掴まれるようなシーンがあり、わかってはいたことだけど、そこからはずっと涙、涙……。
この作品は、今年度のアカデミー賞でスカヨハが主演女優賞、アダム・ドライバーが主演男優賞にノミネートされたほか、作品賞、脚本賞、作曲賞にもノミネートされ、最終的には敏腕弁護士役を演じたローラ・ダーンが助演女優賞を獲得。もっとほかの賞も獲ってもおかしくないくらい、本当にいい作品でした。
詳しい内容はネタバレになるので避けますが、この映画の最大の特徴は、憎み合っているのではなく、愛し合っているのに、ほんの少しのボタンの掛け違いや意地の張り合いで、夫婦仲がこじれて取り返しのつかないところまで行ってしまうところを、とってもリアルに描いている点。
愛し合っているから夫婦になったのに、夫婦になったことで、人はなぜ、ここまで分かり合えなくなるのだろう。本来ならば他人同士なんだからそこまで求めないはずなのに、夫婦だから求めすぎて、わかってもらえないことにここまで傷つくんだよな。あと一歩踏み出せば、素直になれば、修復できたかもしれない、妻と夫のすれ違い。
それをデリケートに描き出していく、ノア・バームバック監督の脚本が素晴らしい。正直「アメリカ人にもこんなに繊細な感情の襞が描けるんだ…」と思ったし、男性監督だということにも驚いてしまったのだけれど、これはバツイチである彼が実体験したエピソードなのだとか。
離婚調停というシビアな場に臨んでいるときでも、ふとした瞬間ににじみ出る、愛と情が染み付いた相手に見せる気遣い。そして圧巻だったのは、ふたりが怒鳴りあう喧嘩のシーン。
自分の生々しい感情をむき出しにして本気でぶつかれるような相手って、一生に何人いるのでしょうか。よっぽどエモーショナルな人でない限り、そんな相手は両親と配偶者くらいしかいないと思うのです。そして、そうやってぶつかるのって、相手が受け止めてくれるとわかっている安心感がないとできないこと。自分を愛してくれている、心から甘えられる相手に「わかってよ!」とぶつかれることが、すごく幸せなことだったんだなあと、離婚を経験した今ならわかります。あのときは、そんなドロドロした感情を持つ自分に耐えられなくて離婚を選んだのに、ね。
そんなわけで、個人的な思い入れが強すぎて紹介するのに時間がかかってしまった『マリッジ・ストーリー』。俳優たちの演技も最高だし、脚本も音楽も、何もかもおすすめなのですが、何より、一度でも人を心から愛したことがある方、そしてその愛を失ったことがある方に。愛を思い出させてくれて、人をもう一度愛したくなる。そんな優しい気配に満ちた作品です。
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