舞台に立つ前は、毎日泣きそうなくらい不安


今回中止となった『佐渡島他吉の生涯』は織田作之助の小説『わが町』を原作に描かれた珠玉の人情噺。昭和の名優と呼ばれた森繁久彌氏の当たり役でもあった佐渡島他吉を、佐々木さんが演じる予定でした。今となっては幻となりましたが、佐々木さんには“この役に対する意気込み”も伺っていました。

 

佐々木:僕、舞台に立つ前はとにかく毎日不安でしかないんです。今も泣きそうなくらい。テレビや映画のときに感じる心持ちとは違っていて、それらは撮影の日を乗り越えれば、あとはもうスタッフさんにお任せします(笑)というところがあるけれど、舞台は1カ月間ずっと晒されます。誰もええ感じに編集してくれたりしないですから(笑)。少し前に、織田作之助自身が生前過ごした場所や『わが町』の舞台となったゆかりの地に足を運んだんです。理解ができたというほどではないかもしれないですけど、こっちが向こうまで訪ねていった分、織田さんと他ぁやん(佐渡島他吉)が身近になったなとは思っています。今はもう街自体が大きく変わっているので片鱗すらないところもありますが、「他吉が住んでた長屋からいくたまはん(生國魂神社)まではこれくらいの距離やったんやな」とか「あの煙突があって、ここが銭湯やったんやな」とか、きっと演じるときにはそれが目に浮かぶだろうなぁと。

他吉は、いわば社会の中の最下層で生きる人間ではあったけれども、そこに湿っぽさはなく、常に前向きで逞しさをもった主人公でもあります。佐々木さんはこう続けてくれました。

佐々木:どんなどん底に落ちたとしても、エンジンがかかったら常に前を向いていく、他吉の生物的な生存能力の高さ、生命力の強さみたいなものがとても魅力的なんですよね。もうひとつ、戯曲では『佐渡島他吉の生涯』というタイトルで他吉が主役として描かれていますが、織田作之助がこの話に『わが町』とタイトルをつけていた理由のひとつは、これが群像劇である、ということなんだと思うんです。今は緊急事態になるとお米やトイレットペーパーが買い占められ、スーパーの棚から姿を消したりすることもありますが、他吉が生きた時代や場所には「味噌がないなら、あげようか」と近くにいるみんなが一緒に生活している感じがあるんです。そこには愛情が確実にあってーー。あったかい助け合いとか、生きる力強さみたいなものを、お客様が感じてくれたらいいと思います。

 


無観客では、発声の仕方や台詞を飛ばす方向、動き方も違ってしまう


そう話していた佐々木さんの舞台が観られないのはとても残念なこと。現在、一部のエンターテインメントは“無観客”で行うライブ配信などがどんどん増えていますが、芝居にはそれが可能なのでしょうか?

佐々木:舞台、芝居に関して言うなら、無観客で行う配信やライブビューイングはとても難しいのではないかと思います。あくまでも僕個人の感覚ですが、無観客だと誰に届けている芝居なのかが分からなくなるような気がして……。僕らが届けようとしているのは目の前にいるお客様に対してですし、そのお客様と一緒に舞台を作っているという気持ちが大きいですからね。発声の仕方や台詞を飛ばす方向、動き方も、無観客だとまったく違ってくると思うんです。でも、これから先はどうなっていくのか、それはまだ僕にも分かりません。

先行きが不透明だった時期に伺ったお話はここまで。緊急事態宣言が出て、GW明けまで自粛を求められるという状況になった今、エンターテインメントの世界への打撃は想像以上に大きく、「開幕までに必要な準備を行えない」という理由も加わり、6月、7月といった初夏に上演される予定だった舞台も続々とキャンセルの一報が舞い込んできている状態です。

『佐渡島他吉の生涯』の全日程をキャンセルすることは、座長でもあった佐々木さんにとって本当に苦しい決断ではあったと想像します。しかし、佐々木さんは俳優人生を“生の舞台に立つこと”からスタートさせた方。インタビューの中で、舞台に立つことの“喜び”について、こう語っていらしたのです。

佐々木:舞台だと稽古と本番を含めると大体いつも拘束されるのは約3ヵ月くらいになりますが、その3ヵ月間を達成したという大きい喜びより、もっと日常的なところに嬉しいことがあるんです。例えば、稽古中に面白い“間”が生まれて、それがとても笑えたとか(笑)。それがガソリンになっている気がします。

舞台に立つことは不安だけれど、そこには喜びも詰まっている――。そう話す佐々木さんだからこそ、すべてが終息したあかつきには、きっとまた舞台に戻ってこられるはず。劇場をところ狭しと走り回る佐々木さんの姿に会えることを、楽しみに待ちたいです。

 

佐々木蔵之介 Kuranosuke Sasaki
俳優。1968年生まれ、京都府出身。1990年、大学在学中に惑星ピスタチオの旗揚げ公演『ファントム OF W』に参加。大学卒業後も広告代理店に勤務する傍ら舞台にも立ち続ける。00年の連続テレビ小説『オードリー』で注目を浴び、『ハンチョウ 神南署安積班』シリーズなど数多くのドラマに出演。映画『間宮兄弟』(06)や『アフタースクール』(07)、『超高速!参勤交代』(14)、『超高速!参勤交代 リターンズ』(16)など話題作、主演作も多数。2020年はドラマ『知らなくていいコト』(日本テレビ)のほか、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』では明智光秀最大のライバル、藤吉郎(秀吉)を演じている。

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撮影/Junko Yokoyama (Lorimer management+)
スタイリング/勝見宜人(Koa Hole)
ヘアメイク/晋一朗
取材・文/前田美保
構成/川端里恵(編集部)

 

 
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