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母子の生々しい痛み……役者の演技に圧倒された『MOTHER マザー』【米倉涼子の新作映画レビュー】_img0
『MOTHER マザー』   ⓒ2020「MOTHER」製作委員会

今回紹介するのは、『あゝ荒野』『新聞記者』などを手がけてきた河村光庸プロデューサーの新作、『MOTHER マザー』。
これまでの作品同様に生々しい痛みを感じる映画で、観た後はしばらく重い気持ちになりました。それほどのエネルギーが込められた映画です。

 

長澤まさみさんが演じているのは、奔放なシングルマザー。定職につかずに男たちとその場限りの関係を持ち、欲望のままに生きている女性です。
もしも子供がいなければすべては自分に返ってくるだけだと思いますが、犠牲になるのはまだ小さい息子。息子を学校に通わせることもせず、実家にお金をせびりに行かせ、妹の面倒も見させる。しかも子供のいるそばでセックスをするシーンもあります。
学校に行きたいという息子に「臭いって言われてるよ?」と可能性や希望を奪うような言葉を投げつけるシーンは、本当に信じられなかった。

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でもこういう人って、たまに相手をギュッと抱きしめたりもするんですよね。
外側から見れば完全にネグレクトで母親失格でも、息子にとっては大好きな母親。両親が離婚したときに父親のほうについて行っていれば、あのとき児童相談所の人のもとに駆け込んでいれば……と思いながら観てしまうけれど、息子はずっと、僕だったら母親を正してあげられる、守ってあげられる、と信じていたと思うんです。
そういう意味では、この母子関係には恋愛と似ているところもあるのかもしれません。

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母親に言われるがままに殺害事件を起こした息子と、裁判のときにも反省していないように見える母親。
このショッキングな物語が、実際に起きた事件から着想を得て作られたと知って驚きました。きっと私たちが想像している以上に、大変な思いをしている子供たちはたくさんいるんですよね。もっといろいろなニュースに目を向けなければ、という気持ちにもなりました。
そういえば最近観た『ルース・エドガー』も、子供が抱える辛さを描いた作品です。こちらは裕福な家庭の養子として育った黒人少年の物語ですが、優等生としてのプレッシャーを受けて、心に闇を抱えている。
まったく違うタイプの映画とはいえ親子や家族、現代社会の問題も描かれている作品なので、興味のある方は観てみてくださいね。

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観客に嫌われるかもしれない役を演じた長澤まさみさんの演技を見て率直に思ったのは、うらやましいな、ということ。さらっと悪びれずに万引きしたり、濡れ場もあったり、インパクトのあるシーンの数々を観ながら、「自分がこういう役を演じるときには、思いっきり自己解放できるのだろうか?」と思ったりもして……。
オーディションで選ばれたという、映画初出演の息子役の奥平大兼くんも素晴らしかった!
役者さんたちの演技に圧倒されながら、社会的なテーマを取り入れて人間を深く描写していくアジア映画の良さを感じることができた作品です。

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『MOTHER マザー』
7月3日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

シングルマザーで男たちとゆきずりの関係を持ちながらその日暮らしを続ける秋子。彼女は息子の周平に忠実であることを強い、奇妙な執着を見せる。母からの歪んだ愛しか知らず、翻弄されながらも応えようとする周平。周平には、母親しか頼るものはなかった。身内からも絶縁され、社会から孤立し、追い込まれていく二人。そして周平は殺害事件に手を出すことに……。実際に起きた事件をもとにした衝撃作。

監督:大森立嗣 脚本:大森立嗣/港岳彦 音楽:岩代太郎
出演:長澤まさみ、阿部サダヲ、奥平大兼、夏帆、皆川猿時、仲野太賀、木野花
配給:スターサンズ/KADOKAWA   ⓒ2020「MOTHER」製作委員会

取材・文/細谷美香
構成/片岡千晶(編集部)