大学卒業まで日本で育った生っ粋の日本人ながら、ニューヨークのスピーチ大会を5連覇、世界トップ100入りを果たしたリップシャッツ信元夏代さん。スピーチで磨かれた「ストーリーテリング」の技術を活かし、事業戦略コンサルタントとして、また全米のプロフェッショナルスピーカーとして活躍されています。その「ストーリーテリング」のメソッドを紹介する新著「世界のエリートは「自分のことば」で人を動かす」が今月6月15日に発売。今回はミモレ読者に向け、コロナ禍で浮き彫りとなった各国のリーダーのスピーチ力について分析いただきました。

写真/アフロ


コロナ禍でわかった世界の女性リーダーのスピーチ能力


世界を襲った新型コロナウイルスですが、この危機に対し各国のリーダーたちが国民に呼びかける機会が増えたため、リーダーたちの話し方のスタイルの違いがはっきりと出たといえます。

今回は世界の女性リーダーの姿も注目を浴びました。

ニュースで話題を集めたのが、ニュージーランドの若き首相、ジャシンダ・アーダーン労働党党首(39歳)、そしてドイツのアンゲラ・メルケル首相(65歳)でしょうか。ともに自国民をコロナ禍から守った手腕が、国際的に評価されています。

世界では、女性のトップもめずらしくない時代になりましたが、とはいえ女性がリーダーになろうとするときには、男性にはない苦労があります。

もし女性リーダーが「強く」出ると、”ヒステリック”だとか”感情的”といった批判を受けやすくなります。

たとえばトランプ大統領のように相手を罵倒するツイートを、もし女性リーダーがしたら、たちまち”ヒステリック”と非難されるでしょう。

一方、女性リーダーが「やさしく」出ると、今度は”頼りない”と批難を受けやすくなるのです。

これをダブル・バインド(二重拘束)と呼びますが、だったら、どうしたらいいの、と悩みますよね。

スタンフォード大学の研究で明らかになったのですが、女性リーダーは「強さ」と「やさしさ」をあわせもち、場面によって使い分けられる「カメレオン型」が成功しやすいということです。

では、先ほどの女性リーダーたちのスピーチ能力はどうでしょうか。
 

自宅からのライブ配信で、国民と同じ目線で寄りそう

ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相。写真/アフロ

まずニュージーランドのアーダーン首相ですが、彼女は37歳の若さで首相に就任、首相として初めて産休を取り、国連総会には赤ちゃん連れで参加したという、大きな話題を集めてきた人物です。

コロナ発生時には、いち早く外国からの入国を禁止。国民に直接語りかけて「厳しく、迅速に」措置を取るという同国の戦略を説明し、強いリーダーシップを見せつけました。

一方、自宅からFacebookライブを使って新型コロナウイルス対策について説明し、視聴者からの質問にも答えたのです。それも子どもを寝かしつけてからという、カジュアルな普段着スタイルで、ひとりひとりの質問に丁寧に答えていました。

その姿は「私たちと同じ」という親近感を感じさせるものでした。

普段から人々が慣れ親しんでいるツールを使ってメッセージが発せられることで「仲間からのメッセージ」として身近に受け取ることができます。これは政治家として「上から目線」ではなくて、国民と「同じ視線」で寄り添っているということであり、前述の「やさしさ」に当たる部分です。国民に寄り添ったメッセージデリバリーを実践していることが、まさに強さもやさしさも兼ねそなえたリーダー像でしょう。

 


論理的なメルケル首相も国民の気持ちを重視

ドイツの歴史上初の女性首相であるメルケル首相。写真/アフロ

一方、ドイツのアンゲラ・メルケル首相はどうかといえば、彼女は元物理学者でもあり、ロジックに優れた政治家として知られています。

今回のコロナによるロックダウンでは、メルケル首相に予防接種をした医師にコロナ陽性反応が出たため、彼女も14日間の自宅隔離を行った後、陰性と判断されてからのスピーチでした。

もうすぐイースターを迎えるタイミングで、国民へ外出自粛を呼び掛けるメッセージを届けたのです。

メルケル首相というと「強い」イメージが浮かんできますよね。ところがここでは切り出し方が違ったのです。

「とてもつらいですよね。もう2週間も自粛要請に従っている。『あと、どれだけ続くんだ?』と思う人もいるでしょう。わかります」

自分自身も2週間の自主隔離をしたメルケル首相が、そう言ってフラストレーションが募る国民の気持ちにまず寄り添ったのです。

「私がいま解除日を申し上げ、今後の感染率によって、もし約束を果たすことができなかったら、とても無責任なことになってしまいます。もし、私が約束を台なしにしてしまうことがあれば、医療も経済も社会もどんどん悪い状況になるでしょう」

こう述べて、憶測や希望などに基づいたあいまいな回答や約束によって、さらに混乱を招くことを避ける立ち位置を端的に伝えています。

次にメルケル首相は国民に約束をします。

「私が皆さんにお約束できるのは、連邦政府を頼ってくださいということです。私も昼夜を問わず、どうすれば皆さんの健康を守りながら、元の生活を戻すことができるかを考えています」

「あいまいな約束はしない」と述べた直後の約束。これは強力です。

できる約束とできない約束を明確に線引きしたうえで、できる約束をひとつに絞り込むことでメッセージを強化しています。

スピーチには、あれもこれも大切なメッセージを盛り込みたくなりますが、どんなスピーチでも、一番大切なメッセージに絞り込むことが重要です。私はこれを「ワンビッグメッセージ」と名づけていますが、ワンビッグメッセージに絞ることで、説得力が格段に上がるのです。

ロジカルでありつつ、ワンビッグメッセージを明確に打ち出し、なおかつ冒頭で国民の気持ちに寄り添ってみせるメルケル首相のスピーチ力は、非常に高いといえます。

また女性のリーダーの多い北欧では、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相が、子ども向けの記者会見で、子どもたちから送られる質問に答えました。まさにこれも「上から目線」ではなく、「子どもと同じ高さに立った」視線で、今までの政治会見ではなかったことです。

昨年、41歳でデンマーク史上最も若い首相として就任したメッテ・フレデリクセン。子ども向けニュース番組の中で、コロナウィルスに関する子どもたちからの質問に答える「子どものための記者会見」を放送した。写真/アフロ

続いてフィンランドのサンナ・マリン首相、ノルウェイのエルナ・ソルベルグ首相も同様に、子ども向けの会見をしました。

これらは女性リーダーたちの「やさしさ」を生かした,良い方法でしょう。

危機管理にあっては、毅然としたリーダーシップは必要ですが、ソフトなアプローチで国民に寄り添ってみせるという新しいリーダー像が示されました。