大学卒業まで日本で育った生っ粋の日本人ながら、ニューヨークのスピーチ大会を5連覇、世界トップ100入りを果たしたリップシャッツ信元夏代さん。スピーチで磨かれた「ストーリーテリング」の技術を活かし、事業戦略コンサルタントとして、また日本人のプロフェッショナルスピーカーとして活躍されています。今回その「ストーリーテリング」の方法を紹介する新著『世界のエリートは自分の言葉で人を動かす』を発売。今回は人の心に響く「ストーリー」のある話し方について伺いました。

 

ストーリーこそ、人の心を開くカギ


「人は巧みに語られた良いストーリーには抵抗することができない。そして下手に語られた壮大なストーリーよりも、巧みに語られた些細なストーリーの方が、はるかに記憶に残るのだ」

これは全米プロスピーカー協会の殿堂入りをしているパトリシア・フリップの言葉です。まさしくストーリーの持つ力をいい表しています。

 


みなさんもビジネスのシーンや会合で、つまらないスピーチや祝辞を耳にする機会もあるかと思います。

たとえばありがちなのが、
「ただ今ご紹介にあずかった信元です。わが社の沿革ですが、××年にメインフレーム用ソフトウェアを開発して、××年にはオープンシステムに対応いたしまして…」
といったように、ずらずらと事実だけを並べていったり、事例紹介を話していったりするというものです。これでは聞いているほうは、右から左に聴き流してしまうでしょう。

またセールストークではどうかというと、セールスの匂いを嗅ぎつけると、人はすぐに警戒するものです。
ところが、巧みに語られるストーリーとなると、たちまち引きこまれてしまいます。

それは、人の心に響くスピーチは、「ストーリー」に落とし込まれているからなんです。ストーリーテリングとは、あなた自身の経験や、それを通して得た気づきを、聞き手とわかちあうこと。

よい例としてトヨタ自動車の豊田社長が、バブソン大学の卒業式で語った祝辞があります。

自身もバブソン大学の卒業性である豊田社長は、スピーチのなかで自分の学生時代について語ります。

「私はバブソンでは、寮と教室と図書館を往復する、ひと言でいえばつまらない人間でした。私がバブソン生だった頃、自分で見出した人生の喜びは……」と期待を盛りあげつつ、

「ドーナツ」

と意外性のあることをいって、聴衆を笑わせます。ここで「人生で喜びをもたらすもの」=「ドーナツ」をまず印象づけます。
そして二番目に少年時代のエピソードを語ります。

「少年の頃、タクシードライバーになりたいと思っていました。夢は完璧には叶いませんでしたが、きわめて近いことをしています。ドーナツより大好きなものがあるとしたら、それは車です」

そして三つ目が、彼が社長に就任してからのストーリーです。就任直後の景気後退、東日本大震災の発生、リコール問題に直面した苦労を語ります。さらに52歳になってから、車のことを徹底的に知ろうと、マスタードライバーの訓練に挑戦するのです。

ここで語られるのはタクシードライバーになりたかった少年が、バブソン大学で学び、トヨタのCEOになってから苦労にあいつつも、マスタードライバーの訓練に挑戦する、という車愛に溢れたストーリーです。そして最後に

「皆さんの時代が、美しいハーモニーと、大いなる成功と、たくさんのドーナツで満たされますように!」

と最後に「ドーナツ」で締めるのです。ここのところが、またうまい。
「ドーナツ」という言葉がメッセージを伝えるツールとなっています。

ここで語られるエピソードじたいは決して変わったものではありません。

けれども「自分だけのドーナッツを見つけよう」というテーマに向かって、ストーリーとして語られているため、聞き手のパトス(情熱)を揺さぶります。

ストーリーは相手の心を開くカギです。
実はあなたしか持っていない、あなたのストーリーが他人を動かすのです。

「そんなドラマチックなこと、私の人生にはない」と思いこまないで下さいね。誰の人生にも、その人にしか語れないストーリーがいっぱいあるのです。