業平公平からのLINEメッセージだった。写真がいくつか添付されている。いかにも秋晴れの澄んだ空、東京ではないような気がした。浮かぶ雲の縁に虹のようなものがかかっていた。
〈これ、彩雲ていうらしいですよ。めちゃ綺麗じゃないですか?〉
〈赤澤さんをお連れしたいお店リストです。何か食べたいものがあれば。考えておいてください〉
 そのあとにレストランや居酒屋のURLがずらずらと貼られている。
 既読になるのだから、私がこのメッセージを読んでいることは彼もわかっているのだろう。けれど、なんと返信をしたらいいのか迷っていた。この人は今、私がどんな気持ちでいるのかなんてまるで知らない。私の歩んできた時間をほとんど知らない。ただ、そのことを救いに思った。
 自分がかすかに微笑んでいることに気づきながら、私は慣れない手つきでメッセージを打つ。
〈あなたは今どこにいるの?〉
 それは既読にならなかった。移動中か仕事中なのだろう。言いたいことだけ伝えて消えてしまう。業平公平のことなど何も知らないのに、それがいかにも彼らしい、と私は思った。

 


次回更新は、9月2日(水)予定です。


ミモレインタビュー
「【小説家・窪美澄さん】40代の先に、ご褒美のような50代が待っている」>>

『私は女になりたい』(5)_img0
 

『私は女になりたい』
窪美澄 予価 本体1600円(税別)(2020年9月14日刊行予定)

主人公の赤澤奈美は、アラフィフの美容整形外科医。カメラマンの元夫とは離婚し、シングルマザーとして息子を育てながら仕事一筋で生きてきた奈美だが、14歳年下の男性患者・公平と恋に落ちて……。


カバー画像/
O'Keeffe, Georgia (1887-1986): Abstraction Blue, 1927. New York, Museum of Modern Art (MoMA). Oil on canvas, 40 Œ x 30' (102,1 x 76 cm). Acquired through the Helen Acheson Bequest. Acc. n.: 71.1979.© 2020. Digital image, The Museum of Modern Art, New York/Scala, Florence