「男社会」は没個性化された「非性社会」に見える


ーー『花とアリス』『四月物語』『リップヴァンウィンクルの花嫁』など、女性の主人公と美しい映像が印象的な岩井作品ですが、今回の作品では、チィファの初恋の人であるイン・チャンや姉チィナンの元夫など、「何者にもなれなかった」男たちの姿も印象的です。チィファが、母を失ったチィナンの息子に言う「男の子だって泣いていいのよ」というセリフは特に心に残ります。

岩井:そのセリフは(主演女優の)ジョウ・シュンが付け加えたもので、僕の脚本にはなかったんです。中国の男性観=「男なんだから」みたなことは、今はそういう感じなんだなと。僕自身は男男したタイプじゃありませんが、もともと「少年ジャンプ」の愛読者で、男性性ゴリゴリのやつも読んだり見たりするのは大好きで。

映画という、ちょっと生々しい表現世界の範疇で、生真面目に人間社会をとらえていった時に僕個人が感じることは、いわゆる「男社会」と言われる一般社会って「非性社会」というようなものに思えるんですよね。誰もが同じようなスーツ着てネクタイ締めて髪を刈り上げてーー児童文学『モモ』に出てくる、個性を失った「灰色の男たち」みたいな。多くの人が「会社」という組織に属し、その管理の中で「没個性的」な道具化されている。その一環として、男性であれ女性であれジェンダーが消された「非性社会」。誰もそんな世界を望んでいないのに、がんじがらめにされている気がします。

よく「国会は男性だらけ」といいますが、僕に言わせればあれは「非性」であって、本当の男はいない。もちろんそれは女性も同じで、「非性化」させられている女性のクラスタもあると思います。性別なりのチャーミングさをもっと表現していいと思うし、そこに価値が置かれなくなるのは残念な気もするんです。だからぜひ、女の子たちはそこを失わないように、大事にしてほしいなっていうのがありますよね。

(C)Munehiro Saito

岩井俊二(Shunji Iwai)
映画監督、映像作家、脚本家、音楽家。1963年1月24日生まれ、宮城県出身。1993年、オムニバスドラマ『ifもしも~打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』で、日本映画監督協会新人賞を受賞。95年、長編映画『Love Letter』は、アジア各国で公開され評判を得る。その後、『スワロウテイル』(1996)、『四月物語』(1998)『リリイ・シュシュのすべて』(2001)『花とアリス殺人事件』(2015)『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016)など、国内外で高く評価される作品を次々と生み出している。2020年1月に『ラストレター』公開。同年7月には緊急事態宣言中に撮影されたリモート作品『8日で死んだ怪獣の12日の物語』が公開された。

 

<映画紹介>
『チィファの手紙』
9月11日(金) より新宿バルト9他、全国ロードショー

 

国内で大ヒットを記録した岩井俊二監督『ラストレター』と同じく、自身の小説『ラストレター』を原作に岩井監督が中国で描くもうひとつの“ラストレター”。中国でも絶大な人気を誇る岩井監督のもとに、中国四大女優と称される主演のジョウ・シュンをはじめ、中国を代表する豪華キャストが集結。岩井監督はプロデュース、脚本、編集、音楽も兼ね、プロデューサーにはアジア映画業界の巨匠ピーター・チャンが名を連ねている。2018年に中国で公開されると、中国映画として当週の興行ランキング1位を獲得、北米、オーストラリアほか各国でも称賛を浴び、中国のアカデミー賞とされる第55回金馬奨では、最優秀主演女優賞・助演女優賞・脚本賞の3部門でノミネートされた。

【あらすじ】
亡くなった姉・チィナン宛に届いた同窓会の招待状。妹のチィファ(ジョウ・シュン)は、姉の死を知らせるために同窓会に参加するが、姉の同級生に姉本人と勘違いされた上に、初恋相手の先輩・チャン(チン・ハオ)と再会する。姉ではないことを言い出せぬまま姉のふりをして始めた文通があの頃の初恋の思い出を照らし出す―― 過去と現在、2つの世代を通して紡がれる淡く美しいラブストーリー。

原作・脚本・監督:岩井俊二
プロデュース:ピーター・チャン 岩井俊二 
音楽:岩井俊二 ikire
出演:ジョウ・シュン チン・ハオ ドゥー・ジアン チャン・ツィフォン ダン・アンシー タン・ジュオ フー・ゴー
2018年/中国/16:9/113分/原題:「你好、之華」 配給:クロックワークス 
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取材・文/渥美志保 構成/川端里恵(編集部)
 

 

 
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