本はもちろん、シール、カレンダー、チラシ、パズルなどなど、家の中には“印刷されたもの”がたくさんありますよね。印刷を担当しているのは、もちろん印刷会社です。オンラインで誰でも気軽に印刷を頼めるようになった昨今ですが、印刷会社で働く人たちがどんな仕事をしているのかは、意外と知られていないかもしれません。そこで今回ご紹介したいのが、染谷みのるさんの漫画『刷ったもんだ!』です。
知っている人は思わずニヤリとしてしまう業界用語に、初めてこの仕事に触れる人にもわかりやすい解説、さらに悲喜交々のエピソードを詰め込んだ本書から、今回は特別に印刷会社ならではの日常風景を一部抜粋してご紹介します!
物語の舞台は、東京の外れにある中小印刷会社・虹原印刷株式会社。企画デザイン課に就職した元ヤンの真白悠を主人公に、印刷会社のさまざまな仕事が紹介されていきます。
例えば、通称“コミケ”などの即売会イベントで販売される「同人誌」の印刷は、虹原印刷の場合こんな感じで作業が行われていきます。
①データを確認したら、②印刷会社のプロファイル(色の規格のこと)に変換し、③必要なら校正(誤字脱字や色味をチェックするための作業)を出して確認、④最終原稿やカンプ(仕上がり見本)用の出力を営業へ渡し、⑤営業チェックが終わったら印刷へまわす。
このようにいくつもの工程を経て、一冊の同人誌が完成するのです。
印刷・出版・広告に携わる人たちには馴染み深い“あるある”の中でも、初めての人にとっては“なんのこっちゃわからない印刷業界用語”トップ5に入るのが、おそらく「パタパタ」ではないでしょうか。
パタパタとは、修正前の出力紙と修正後の出力紙を重ね合わせて、パラパラ漫画のように繰り返し見比べて校正すること。なぜこんなことをするかといえば、何かしらの不具合が起きて、「データでは見えていたものが、印刷すると消えてしまう」ことがあるからです。
修正したはずなのに直っていない! という最悪の事態を避けるため、今この瞬間も全国の印刷会社では何千、何万というパタパタが行われているはず。正直、パタパタで修正箇所を見つけると背筋がヒヤッとします(筆者談)。
とはいえ、データ作成も印刷も人間がかかわる作業である限り、どこかでトラブルが発生してしまうことも。著者・染谷みのる先生のTwitterでも、全国の印刷会社で叫ばれているであろうノンフィクションな1コマが……!
お知らせ】本日発売のモーニング48号に『#刷ったもんだ!』26話掲載されております。
— 染谷みのる@11/20刷ったもんだ!②発売 (@someya28) October 29, 2020
仕事の対応についてのお話です。フォントのアウトライン化…うっ頭が…🤦
今回もWEBにて一週間だけ無料公開されておりますのでよろしければどうぞー…!▶https://t.co/emSzX3XatU pic.twitter.com/G0mZcKrHAi
ここでの「フォントのアウトライン化」は、平たくいえば“文字修正できないデータ”であることを指しています。つまり、クライアントから受け取ったデータが「フォントが全部アウトライン化」されていた場合、似ているフォントで全ての文章を打ち直すしかない、ということ。たとえ、それが数文字程度の修正であっても、です。この1コマの破壊力たるや……。
そんな日々すったもんだの現場で、筆者が最も胃痛ポイントだったのが「訂正シール」についてのエピソード。みなさんも、訂正情報の細〜いシールが貼られた本を1冊や2冊はお持ちなのではないでしょうか。
誤植に気付いてもスケジュール的に刷り直しが間に合わない、または刷り直しのコストがない場合には「訂正シール」が貼られることがありますが、実はこの作業、基本的にすべて手作業で行われていることをご存知でしょうか。
虹原印刷では、下の文字が透けない訂正用タックシールに訂正情報をびっしりと印刷し、それを慎重にカッターで切り、部署の社員総出で地道にシールを貼っていく、という光景が描かれています。
こんなふうに、ひとたびトラブルが起きれば残業覚悟で対応することも多い印刷会社。ベテラン社員が、ブラック企業ならぬ「リッチブラックじゃない」と印刷用語にたとえて爽やかに自虐するシーンも、印刷業界あるあるなのかもしれません。
ちなみに、リッチブラックというのは、印刷の基本となる4色、C(シアン)・M(マゼンタ)・Y(イエロー)・K(黒)のうち、Kが100%に対してC・M・Yを40%ずつ足した色で、“黒よりも深い黒”を出せる色設定のことです。自虐も、趣が深い……。
1冊の本のみならず、印刷物がひとつ出来上がるまでに、印刷会社で働くたくさんの人たちの奮闘があることを教えてくれる本書。巻末に手書きで添えられた「この本の印刷・製本・流通・販売などに関わってくださった皆さま」というスペシャルサンクスの一文に、染谷先生の思いが凝縮されているようでした。「印刷という仕事」を笑いとリスペクトをもって伝えんとする愛ある視点には、きっとすべての働く人が勇気づけられるはずです。
『刷ったもんだ!(1)』
著者:染谷みのる 講談社 640円(税別)
元ヤンの主人公が、人生をやり直すために働き始めた印刷会社。毎日さまざまなトラブルに見舞われながらも、印刷という仕事を通して仲間と共に成長していく姿を描きます。「印刷業界あるある」ネタも満載!
構成/金澤英恵
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