アラフォーは若い男の前で卑屈になりがち……
「あれ、進藤さん」
帰宅途中、自宅近くのワインバーに寄ろうとしたところで背後から声をかけられた。なにげなく振り返って、心臓が止まりそうになる。
目の前には、なんと北山隼人がいたのだ。新企画の撮影チームに合流した、韓国俳優チョン・ヘイン似の若いフリーカメラマン。
初めて会った日、ふいに見せつけられた甘い笑顔は今も早希の脳裏に焼き付いている。
「き……北山くん。なんでこんなところに……」
平静を装ったものの、不意打ちすぎてうまく笑えない。
しかも今日は終日リモートワークで誰に会う予定もなかったから、ユニクロのニットにデニムという適当な格好なのに。
「さっきまでこの辺でロケ撮影してたんです。腹が減りすぎて、適当に何か食べて帰ろうかと思ったら進藤さんが」
「そ……そうなの。そしたらせっかくだし一緒にどう?ご馳走するわ」
――いや、なぜ誘ったの。余計なことを……。
謎に先輩風を吹かせた自分に自分で突っ込む。
「そうだったんだ、じゃあまたね」と挨拶すればそれで済んだのに。何より逆セクハラと思われないよう重々気を付けなくてはと言い聞かせたばかりなのに。
「え、いいんですか!ラッキー!」
早希の内心など知る由もなく、隼人は無邪気に喜んでいる。
――綺麗な肌だなぁ……艶々してる……。
まるで光の粉が舞っているかのようなキラキラ笑顔に、思わずつられて微笑んだ。しかし同時に重要なことを思い出す。
――私の、万年寝不足の疲れ切った肌。彼の目にどう映ってる……?
想像したら絶望が広がり、慌てて視線を逸らすのだった。
「嬉しいです、進藤さんと飲めるなんて」
カウンターに並んで座ると、ただの仕事仲間とわかっていても微かに緊張が走る。
しかしそんな風に意識しているのは絶対に早希だけだ。痛い勘違いおばさんになってはいけない。それだけは避けようと、早希は無駄にハイテンションで笑い飛ばす。
「おばさんに付き合わせちゃって申し訳ないわ。ごめんね。あはは……」
隼人は笑わなかった。どういう反応が正解かわからないのだろう。正面を向いたまま真顔でワインを飲んでいる。ああ、気まずい……。
「北山くんは30歳なんだっけ。若くて羨ましい。これから30代が始まるんだもんね。私はもうすぐ終わっちゃう側よ。結婚もできないうちに……あはは……」
「進藤さん」
沈黙に耐えきれず、しかし特に話すべき話題も見つけられなくて、ひたすら自分を卑下する早希を隼人が制した。
「進藤さん、全然おばさんじゃないですよ。美人だしセンスもいいし。僕からしたら、お願いできるならぜひって感じですけど」
「お、お願いって……何を?」
「何言ってるの」と適当に笑ってごまかせばよかったのに、いきなり突拍子もないことを言われ柄にもなく野暮な質問をしてしまった。
――酔ってるわけじゃないよね。まだワイン1杯だし……。
咳払いなどして誤魔化してみるも、動揺を隠せている自信はない。それなのに、俯くアラフォーの顔を隼人がおもむろに覗き込んできた。
「わかってるクセに。僕じゃダメってことですか」
垂れ気味の、優しい目がものすごく近い。澄んだ瞳に見つめられ、早希は思わずゴクリと生唾を呑んだ。
早希に心配させまいとするあまり、美穂は我を失い大胆な行動に出てしまう…
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