「話がある」年下イケメンに誘われて…
「おはよう〜!」
元気よく挨拶した途端、ヘアメイクのミーナが駆け寄ってきた。
「早希さん……聞いてください……」
この日は久しぶりに『オンライン映えファッション』の撮影があり、早希は朝から差し入れのコーヒーを携えスタジオ入りした。ミーナに「なぁに、どうしたの」と答えながらさっと視線を走らせる。カメラマンの北山隼人はまだいないようだ。
「こないだの週末、ついに隼人さんとデートしたんですけど……そのあとLINEしても返事がこなくて」
「え……?ああ、そうなんだ……」
泣き顔を作り「なんでだと思います?」と尋ねるミーナ。早希は曖昧な笑顔を返してごまかした。……そういう質問は、未婚のまま40歳を迎えようという女に聞かないでほしい。
――そっか、結局デートしたんだ。
28歳のミーナと、30歳の隼人。恋愛は若い男女がするべきだ。そう言い聞かせ、自分は仕事に邁進しようと納得したはずなのに、やはり胸の痛みを無視することはできなかった。
「進藤さん。ちょっといいですか?」
そのとき、急に低音で名前を呼ばれ心臓が跳ねた。カメラマンの北山隼人が到着し早希を呼んだのだ。
恨めしそうな目を向けるミーナに「ごめん」と目配せをし、急いで隼人の元へ向かう。
「……何でしょう?」
意識して他人行儀に尋ねた。ミーナが絶対にこちらを見ているだろうし、ここは仕事の場だ。クールに振る舞わなくては。10歳も年下の男に血迷っているなんて絶対に知られてはならない。
しかしブルーのマフラーを外しながら爽やかに言った隼人の言葉は、早希を思い切り動揺させた。
「今日、撮影のあと時間ありませんか?」
後頭部にミーナの視線を感じる。早希はうろたえる心をどうにか押さえ「どうして?」と静かに尋ねた。
「ちょっと、進藤さんに話したいことがあるんです。忙しければ30分でもいいので」
――話って……一体、なんの話よ!?
30分でもいいだなんて、そんな風に言われては断る理由もない。冷静に「わかりました」と頷いたものの心臓はバクバク音を立てていた。
意味深な誘いのせいで、早希はその日一日を終始ソワソワしながら過ごすことになった。
「見ない、気にしない」そう口の中で何度も呟く早希。だが気づけば隼人を見ている自分がいるし撮影終わりが待ち遠しくてたまらない。
そして……ようやくすべての撮影が終わったとき。皆で片付けをしている、そのタイミングでふいに早希のスマホが鳴った。
――えっ、美穂……!?
画面に表示された番号は、なんと美穂のものだった。やっと……やっと美穂が電話をかけてきたのだ。
早希は慌ててスタジオの外に出ると、力いっぱい通話ボタンを押した。受話器に向かって思わず「美穂!」と叫ぶ。
「早希……あの、この間は本当にごめんね」
開口一番、美穂はか細い声で謝ってきた。早希はかぶせるように「いいの、いいの」と首をふる。そんなことよりも、美穂には聞きたいことが山ほどあるのだ。
まず、どうしてずっと圏外だったのか。なぜ急にスマホが壊れたのか。そして……あのモラハラ夫は本当に、美穂の身体や心を傷つけていないのか。
しかし早希がどう尋ねるべきかと言葉を選んでいる間に、美穂は耳を疑うセリフを口にした。
「私ね……実は、家を出たの」
夫のモラハラからとうとう目覚めた美穂。専業主婦が家出を決意できた理由とは……
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