「認知症になったら何もできなくなる」「食事もトイレもお世話が必要」などと思っていませんか? そのイメージを覆す認知症ケアを行っているのが、神奈川県藤沢市にある介護事業所「あおいけあ」です。お年寄りが生き生きと動き、楽しげに暮らすのを可能にする……そんなケアが高い評価を受け、いま国内外から注目を集めています。

どうすればお年寄りの自立を助けることができるのか? 代表・加藤忠相さんが、家庭で介護に取り組んでいる人にも役立ちそうな発想を教えてくれました。1月に出たばかりの新刊『世界が注目する日本の介護 「あおいけあ」で見つけた じいちゃん・ばあちゃんとの向き合い方』から紹介します。

 


認知症の人をとりまく「環境」と「心理状態」に目を向けよう


認知症とは何だったか、ちょっと振り返ってみましょう。「原因病(原因疾患)」によって脳が変質し、記憶障害などの「症状」が起こります。そこに本人の性格、環境や心理状態が影響して、徘徊や暴力などの「行動」が起こる……これが認知症だと考えられています。

難しく感じるかもしれませんが、これはどの病気でも起こることです。

誰でも腹痛を経験したことがあるでしょう。原因病がハッキリしないことも多いはずです。でも私たちは、痛みという「症状」で困る。だから顔をしかめる、お腹をおさえてかがみこむ……といった「行動」をします。

認知症も同じです。たとえば記憶障害(もの忘れ)という「症状」でトイレの場所を忘れてしまうと、お年寄りは不安になり、困って、トイレを探してあちこち歩き回るという「行動」に出るわけです。その行動を、周囲が勝手に徘徊と呼んでいるんです。でもこのとき、「症状」がなくなれば、困らなくて済みますよね。困らなくなれば「行動」も起きないはずです。

認知症の「原因病」のほとんどは、医師でも治せません。一方、「行動」に目を向けると「家にカギをかけて出られなくする」「薬でおとなしくしてもらう」といった、よくない発想に陥ってしまいます。だから、「症状」に目を向ける必要があります。

 

より具体的には、症状に影響して行動を引き起こす「環境」「心理状態」にアプローチします。つまり、

・症状で困らない「環境」を、先手を打って整えておく
・困っていても、コミュニケーションをとって「心理状態」を安定させる

こうした配慮で、症状が出ない(もしくは、出ても目立たない)ようにすれば、困らないので行動も起こらなくなるはずです。

たとえば、マンガで出てきた床のラインは、トイレに行きたいお年寄りが困らない「環境づくり」の一例でした。こんなふうに、困らないように先回りして行うケアを、私は「プロアクティブ・アプローチケア」と呼んでいます。

 


「できるまで付き合う」「自分で選んでもらう」で、ケアはうまくいく


では、お年寄りが困らない環境は、どうしたらできるのでしょう? たとえば、認知症の記憶障害で、お茶をうまく淹れられなくなった女性がいるとしましょう。そういう方に電気ポットを渡して、「お茶を淹れてください」と頼んでも、たいていできません。

ここで、介護する側が諦めてお茶を淹れてしまったら、ただの「お世話」になってしまいますが、私たちなら、こうすると思います。

まず、ばあちゃんを誘って、一緒にホームセンターへ買い物に出かけます。そして、本人にポットを選んでもらうのです。ばあちゃんは、きっとヘッドをシュコシュコと押して使う、古いタイプのポットを選ぶでしょうが、それでいいんです。

その古い型のポットを買って、また一緒に帰ります。そしてその後、「ごめんなさい……、僕、ホントに疲れちゃったんで、お茶を淹れていただけませんか?」と、いかにも申し訳ないといった感じで頼めば、ばあちゃんがお茶を淹れてくれるかもしれません。ポットは本人が「自分に合っている」と感じたものを選んでいるはずですから、きっと問題なく使えるでしょう。

 

一方的に「してあげる」のではなく、お年寄りと関わり、できるまで付き合います。すると使える道具がそろい、同時に人間関係ができてきて、「環境」が整います。となれば、じいちゃん・ばあちゃんも大人ですから、自ら動くのは「あたりまえ」なんです。
 

「自分だったらどうか」という一人称の視点で考える


お茶を淹れたくなる環境、茶碗を洗いたくなる台所、針仕事をしたくなる環境……そうした環境があるからこそ、意欲が出るわけです。

あなたは、高級ホテルのだだっ広い厨房に一人だけ放り込まれ、見慣れない道具に囲まれて、快く料理ができるでしょうか。勝手知ったる台所で、使い慣れた道具があってこそ「できる・やろう」と思えるのではありませんか?

もしかしたらお年寄りは「やらない」のではなく、「ここではできない」と困っているのかもしれません。

私たちにお年寄りの気持ちはわかりません。推測するのがやっとです。推測しても、的外れなら、怒られてしまうでしょう。

でも、自分の気持ちなら間違いなくわかります。だから私は、「自分だったらどうか」という「一人称」の視点で考えることが大事だと思っています。「お年寄りはどう思うか」みたいな、他人事のような「三人称」の視点より、より確実だと思います。
 

【マンガで読む】認知症の人が「困らない」環境って?
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加藤忠相(かとう・ただすけ)
株式会社あおいけあ代表取締役社長。25歳で起業し、地域を巻き込んだ独自のケア事業を開始する。その取り組みがNHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」ほか多数のメディアで紹介され、海外でも学会などで取り上げられて話題に。2019年には高齢者ケア分野で世界的な影響力のある人物として「Ageing Asia Global Ageing Influencer」に選出された。写真/川上哲也

 

『世界が注目する日本の介護 「あおいけあ」で見つけた じいちゃん・ばあちゃんとの向き合い方』
加藤 忠相 (著) ひらまつ おさむ (著)

今、日本で一番注目されている介護事業所「あおいけあ」での毎日を、ストーリー漫画でわかりやすく紹介。マニュアルも細かいルールも一切なし、なのにお年寄りが穏やかに生き生きと過ごせる秘訣とは? 介護で悩んでいる人はもちろん、そうでない人にも知ってほしい“これからの認知症ケア”の決定版。


文/からだとこころ編集チーム
マンガ/ひらまつおさむ
構成/山崎 恵
(この記事は2021年2月23日に掲載されたものです)

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