「他人の世話にはならん!」と言うお年寄りに限って、サポートがないと生活できない……、なんてことがよくあります。あなたの親もそうかもしれません。必要な介護サービスやケアを上手に活用して老後を謳歌してもらいたいところですが、どうしたらいいのでしょう。

映画『ケアニン~あなたでよかった~』のモデルにもなった介護事業所・あおいけあ(神奈川県藤沢市)には、他の事業所にいられなかった人や、ゴミ屋敷に引きこもっていたお年寄りなども通ってきます。どうやって頑ななお年寄りを動かしたのか? 『世界が注目する日本の介護 あおいけあで見つけた じいちゃん・ばあちゃんとの向き合い方』から、著者・加藤忠相さんが、家庭でも役立ちそうなアイデアを提供してくれました。

 


「上から目線」「ウソ」「おだて」は通用しない


介護をしている人は、つい、「おじいちゃん、デイサービスに行ってね」「おばあちゃん、お風呂に入ってよ!」などと、上から目線で指示をしがちです。介護職員のほうは、〈デイでは△時〜×時の間しかお風呂は入れないから、なんとか誘導しないと〉と考えて、ウソをついたり、おだてたりして入浴させようとしてしまいます。
 
でも、指示されると誰だって不愉快になりますし、「素直に聞き入れよう」と思えなくなりますよね。「ウソ」「おだて」にしても、一度くらいはだまされるかもしれませんが、そんなごまかしを続けていていいのでしょうか?

 

だまされたこと自体は忘れてしまっても、〈不愉快だ〉〈信用できないやつ〉といった「悪い感情」がお年寄りに残ったら、人間関係が壊れてしまいます。そのあとは話も聞いてもらえなくなるでしょう。介助どころか、コミュニケーションすら成立しなくなってしまうかもしれないのです。

 

トップゴールは人間関係。介護は関係をつくる手段に過ぎない


たとえば入浴の場合、私は「お年寄りが風呂に入りさえすればOK」とは考えていません。日常会話から始め、だんだん入浴の話にもっていって提案し、風呂から出た後は「気持ちよかったねえ!」と確認する……このようにして初めて成功事例になると思っています。

つまり、入浴という「介助」をゴールにしてはいけないのです。トップゴールは人間関係、それも「よりよい人間関係」にあります。入浴やコミュニケーションといった介助は、あくまでも、そこに至るための手段です。

声のかけ方も大事です。何かを頼むときも、お年寄りに「○○してください」なんて言ってしまうと、その瞬間に「やらせる/やらされる」という関係性ができてしまいます。

「豚汁のこんにゃくって、包丁で切るんだっけ? 手でちぎるんだっけ?」
「これからサラダを小鉢に盛り付けるんですが、これでいいんでしたっけ?」

というオープンな感じで始めると、お年寄りが「どれどれ……」と主体的に関わる機会ができます。声のかけ方ひとつで、大きな違いが生まれるわけですね。

あるいは男性に対してなら、女性が「○○さーん、お願いしますよー」と笑顔&頼る感じで声をかけると、「しょうがねえなあ」と動いてくれることも多いのです。頼られると悪い気はしないし、少なくともいい感情は残ると思います。

 


マニュアルは不要。関係ができればなんだって可能になる


ここでひとつ、事例を紹介しましょう。「あおいけあ」を利用している80代のケイコさん。認知症のため生活力が落ちた結果、家がゴミ屋敷と化し、食事や入浴も満足にできないような状態になっていました。

民生委員や地域包括支援センターの職員が何度か訪問し、介護サービスにつなげようとしましたが、追い返されたそうです。「なんとか『あおいけあ』で食事を摂らせ、お風呂に入れてほしい」と相談されました。

スタッフはさっそくケイコさんを訪ねましたが、いきなり事業所に誘ったりはしません。まずは何度もご自宅に通って、笑顔で楽しくおしゃべりするだけ。そんな他愛もないことをくり返しているうちに、ケイコさんのほうから、「あんた、また来てくれたのね」とスタッフに声をかけてくれるようになりました。

そこでスタッフが、「地域の清掃活動をするのですが、一緒に手伝ってもらえませんか」とお誘いしたところ、「あんたのお願いなら、手伝おう」とケイコさんが重い腰を上げます。

そのあとは実際に清掃活動をしていただき、お礼ついでに、「汗をかいたでしょうから、どうぞお風呂に入っていってください」と誘ったところ、見事、1年ぶりの入浴につなげることができました。

なぜケイコさんは、スタッフの誘いに応じたのか? それは、人間関係ができたからに他なりません。ケイコさんに自分たちを認識してもらい、〈この人はいい人だな〉という「いい感情」を積み重ねてもらって信頼関係ができたから、なのです。

認知症の人は、脳の「海馬」という記憶を司る部位が萎縮して、忘れっぽくなっています。しかし、感情を司る「扁桃体」の機能は強く残ると言われています。つまり、記憶が障害される代わりに感情面では鋭敏になるので、その「感情」に上手にアプローチする必要があるわけです。

 

ちなみに私は、ケアにマニュアルは不要(というか、邪魔)だと考えています。

マニュアルがあると、「○時に入浴」というルールに縛られるので、「その時間にお風呂に入る」がトップゴールになってしまいませんか? 逆にマニュアルがなければ、「午前中は拒否されたけど、午後にまた、こうやって誘ってみよう」といった具合に、相手との信頼関係を壊さない誘い方を模索できます。

マニュアルで心を動かすことなどできません。「決まり」ではなく、あくまで「人」に合わせること。そこがポイントです。だから「あおいけあ」にはマニュアルがないんです。

【マンガで読む】あおいけあが実践する「心の動かし方」
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加藤忠相(かとう・ただすけ)
株式会社あおいけあ代表取締役社長。25歳で起業し、地域を巻き込んだ独自のケア事業を開始する。その取り組みがNHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」ほか多数のメディアで紹介され、海外でも学会などで取り上げられて話題に。2019年には高齢者ケア分野で世界的な影響力のある人物として「Ageing Asia Global Ageing Influencer」に選出された。写真/川上哲也

 

『世界が注目する日本の介護 「あおいけあ」で見つけた じいちゃん・ばあちゃんとの向き合い方』
加藤 忠相 (著) ひらまつ おさむ (著)

今、日本で一番注目されている介護事業所「あおいけあ」での毎日を、ストーリー漫画でわかりやすく紹介。マニュアルも細かいルールも一切なし、なのにお年寄りが穏やかに生き生きと過ごせる秘訣とは? 介護で悩んでいる人はもちろん、そうでない人にも知ってほしい“これからの認知症ケア”の決定版。


文/からだとこころ編集チーム
マンガ/ひらまつおさむ
構成/山崎 恵

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