足腰が弱って、歩くのがおぼつかない老母。でも「杖を使ったら?」と言うと「イヤよ~。いらない」と拒否する。認知症が出はじめたのか、道に迷うことが多くなった老父。外出しようとするのを止めると「うるさい!」と怒る……。こんな高齢者の“介護拒否”、あなたは経験したことありませんか?
5月に発売された新刊『認知症の人のイライラが消える接し方』の著者で、介護施設の施設長を務める植賀寿夫(うえ・かずお)さんが、長年の介護経験から、そんな介護の問題をどう捉えるか、教えてくれました。
信用してもらえなければ、介護などできない
介護を嫌がる認知症のお年寄りは多いですが、そうでないケースも少なからずあります。
違いはどこからくるのでしょう? 僕は、お年寄りが介護者を「頼れる人」と見ているかどうか、が違いを生む大きな原因だと思っています。
こう考えてみましょう。用があるので外に出ようとすると、「ダメです。出ないでください」と制止される。外を歩いていると「早く戻りましょう」と急かされる。頭ごなしに指示されたら、あなたはすんなり従いますか? むしろ、指示している人に不審の念を抱くのではないでしょうか。認知症の人も同じように考えます。
〈信用できるかどうかわからない〉
そう不審に思い始めるのです。誰だって、信用できない人には頼りたくありません。認知症の人と介護者の関係も、同じことです。認知症の人から『この人は信じられる・頼れる』と思ってもらえないと、介護者は介助どころか、話すら聞いてもらえません。
でもそれは、関係ということを考えれば、ある意味当たり前のことでしょう。「気難しい」「介護拒否」などと、安易にレッテルを貼るのは、実はかなり失礼なことじゃないかと思います。
でも、介護する側だって「拒否されっぱなし」というわけにはいきません。じゃあ、どうすれば折り合いがつくのか……。広島県内にある、認知症高齢者向けのある施設で働いていたとき、僕が経験したことがお役に立つかもしれません。
その外出には、誰にも言えない「意味」があった!
タケダさん(74歳)というおじいちゃんがいました。脳出血で右半身マヒ、失語症もある男性です。イライラすると、すぐ施設を飛びだしていってしまう方でした。車イス利用ですが、自力で漕いでどんどん行ってしまいます。
4月のある昼さがり、タケダさんがまたいつものようにイライラして、施設を出ていきました。職員がついていきます。職員はなだめようとしますが、どうしても止まりません。かといって、無理に制止してケガでもあったら大変です。結局、見守りは5時間半におよびました。時刻は18時をまわり、雨まで降りはじめる始末。
この日、僕は病欠していたのですが、電話が入り、事情を聞いて、車で迎えに行きました。もうヘトヘトだったのでしょう、「帰ろ」と言ってもタケダさんは断りませんでした。そのとき僕は、こう尋ねました。「どこに行こうとしたん?」。
「病院」とタケダさん。自宅へ向かっていると思い込んでいた僕には、意外な答えでした。
「病院ってどこの?」そう尋ねるとタケダさんは、かなり遠方にある病院の名前を挙げ、「奥さんが入院している」とも教えてくれました。
でも、歩いて行くにはとうてい無理な距離です。僕はこう約束しました。「明日は行けれんけど、明後日なら行けるけぇ、車で行こう」。その日は施設へ帰り、雨で濡れた服を着替え、タケダさんは就寝しました。
約束の日、僕はタケダさんを車に乗せて、病院へ向かいました。タケダさんはエントランスを通り、迷わず4階の病室へ行きます。僕は黙ってついて歩きました。
するとタケダさん、「おかあちゃ〜ん」と呼びかけながら、ある病室に入っていきます。「タケダ」というネームプレートがあるベッドに、女性が寝ていました。本当に奥さんが入院していたんです。タケダさんは奧さんの手を握って、
「悪かったの〜。なかなか来れんかった」
と話しかけます。でも反応はありませんでした。通りがかった看護師さんに聞くと、奥さんは脳卒中に見舞われて入院して以来、意識がないとのことでした。奥さんが倒れたあと、自身も脳卒中に見舞われたタケダさんは、病院を転々として、何年ものあいだお見舞いに来られなかったのです。夕方まで歩き続けたあの日、タケダさんは大切な奥さんに会いたい一心だったのかもしれません。
でも、こうした話を、僕たちは一度も本人から聞かされていませんでした。説明ができないのが、認知症なんでしょうか。正直なところ、タケダさんが外出しようとするたびに、〈この忙しいときに限って……〉としか見ていなかったんです。
もちろんタケダさんは、本当に怒って出ていくこともありました。でも、それだけじゃない。彼の外出には、本人にとって大切な意味がありました。
「ワガママ」と決めつけず、時には思いを分かち合おう
タケダさんが病院に行こうとすることは、その後一度もありませんでした。理由はわかりません。でも、「迷惑」としか見ていなかった僕たちの見方は、間違いなく変わりました。僕たちの見方だけでなく、タケダさんの生活も変わっていきました。
タケダさんにとって決定的だったのは、「信用できる人ができた」ということでした。
5時間半も付きあってくれた職員がいる……、その事実が、タケダさんにとって大きかったようです。以前は外へ出ないとイライラがおさまりませんでしたが、その後は付きあってくれた職員が話を聞けば、外へ出なくても解消することが増えました。また、僕たちの言葉に耳を傾けてくれるようにもなりました。
お年寄りの要望を、僕たちはつい「ワガママ」と捉えがちです。でも実際は、全力で訴えなければ、伝えられないことだってある。歩き続けなければ、解消できない思いだってある。
時には制止せず、介護する側がキッチリお年寄りにつきあって、「言葉にならない思い」を共有しようとする。それが大事だと学んだ出来事でした。
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『認知症の人のイライラが消える接し方』
植 賀寿夫著 講談社刊/1400円
ISBN 978-4-06-519574-1
お年寄りが落ち着く声かけ・関わり方がわかる!
すぐに怒る、話を聞いてくれない、意味不明なことを言い出す。そんな認知症のお年寄りとどう接すればいいのか? 認知症ケアの本質は「人間関係を整えること」と語る著者が、豊富な事例から対応策を解説します。またお年寄りとの、大変だけど楽しいエピソードをマンガで紹介。介護職はもちろん、認知症のお年寄りを抱える家族も必読の一冊です。
漫画・イラスト/秋田綾子
構成・文/からだとこころ編集チーム
第2回「【認知症介護】お年寄りも自分も傷つかない「言葉かけ」3つのコツ」はこちら>>
第3回「認知症の「帰宅願望」がなくなる最もシンプルな方法」は8月4日公開予定です。
植 賀寿夫 Kazuo Ue
介護福祉士、介護支援専門員(ケアマネージャー)。専門学校を卒業後、介護老人保健施設、デイケア、デイサービスなどを経て「みのりグループホーム川内」に管理者として入職、現在は施設長。自らも現場でケアに携わるほか、18年にわたる経験を活かして他施設での職員研修、地域の老人会、学校などで認知症の講座を担当している。