「私は無能じゃない」モラハラ夫から目覚めた主婦の決断
「本当に、本当にごめん。早希にまで怖い思いをさせて……」
翌日、美穂は再びスマホに向かい必死に謝罪を繰り返していた。
昨晩は湊人の話に驚かされたが、貴之は早希にまで接触し、さらに彼女を脅すような行動に出たと言うのだ。
「ううん。私のことはいいの。でも……あの男、やっぱりおかしいよ。私が要求を断った途端、人が変わったみたいに攻撃的になった」
「うん、そうだよね……」
別居に踏み切り、弁護士との面談も繰り返す中で、美穂はこれまでの結婚生活がどれだけ異常であったか徐々に自覚するようになった。
また専業主婦の自分は社会的に価値のない、家の中でしか役に立たない無能な女だと思い込まされていたが、そんなこともない。
離婚の知識を身につけるほど、美穂は自分に様々な権利があると学んだ。
幸い、一番恐れていた金銭面も、婚姻費用や財産分与をきちんと請求できればそれほど困ることはないだろう。
こんな知識は本やネットで調べれば簡単に得られるし、相談窓口もたくさんある。なのに夫に怯えて思考停止状態が続けば、自分は一人では何もできないと思い込んでしまうから怖い。
自分で身につけた知識は、暴力や暴言よりずっと強い武器になるのに。
「とにかく、あとはもう弁護士さんに任せておけばいいね。あんな男、もう二度と関わらない方がいい……」
「私、一度貴之さんと会って話してみる」
「え!?!?」
それは、自然と美穂の口から出た言葉だった。
「な……何言ってるの?ダメ!ダメだよ、あの男は危険だってば!どうして?まさか未練があるわけじゃないでしょ?」
早希が焦ったように声を上げる。
「ちがうの。結局あの人は、私がまだ彼の支配下にいると思ってる。だから早希や湊人にも平気で接触して自分の思い通りにしようとするのよ。話が通じるか分からないけど、私はもうあの人の言いなりにはならない。本気で離婚する気だって、とにかく一度伝えたい」
「で、でも、美穂……」
「大丈夫。ちゃんと人目につく場所で会う。そうだ、ホテルのラウンジを指定して、帰りはすぐタクシーに乗る。心配しないで、対策は万全に練っていくから」
すべて弁護士に任せるのが正当な方法であるのは美穂も理解している。
けれど一度は直接伝えたい。そうして自分にも区切りをつけて全力で前に進みたい。そうすれば湊人にも堂々と説明できる。ただ強くそう思ったのだ。
親友に反対されるのは当然だったが、早希はスマホ越しに短く溜息を吐くと、観念したように言った。
「美穂がそこまで言うなら分かったよ。でも……なら私も一緒に行く」
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