――やっぱり、堂島が告げ口したんだ……。
「それで……その、私はどうなりますか?」
ママ雑誌の編集長を外れたことについては、むしろホッとしていた。
もともと断るつもりだったし、堂島が告げ口していたことも代わりにその座に就くことも、ムカつくけれども仕方がない。ただ気になるのは、次にどこへ配属されるかだ。
編集長を見つめる視線が無意識に泳いだ。胸がザワザワして落ち着かない。そして……案の定、嫌な予感は的中した。
「進藤さんには、販売部に行ってもらいます」
編集長は冷ややかにそう言ったのだ。
40歳で大企業を追われた女
――自業自得なんだから。仕方のないことだから……。
駅からの道を歩きながら、早希はそう何度も自分で自分に言い聞かせた。しかしほとんど止まってしまいそうなほどに足取りが重い。
「販売部か……」
早希は入社以来ずっと大好きなファッション誌に携わってきた。そのキャリアに誇りがあるし、だからこそどんな理不尽にもハードワークにも耐えてきた。
会社員として、自身の興味や希望に反する異動があることはもちろんわかっている。これまでに同じような処遇を受けた同僚を何人も知っている。自分だけが例外だなんてあり得ない。
しかしよりにもよって、まるで畑違いの販売部だなんて。大きくため息を吐き、信号待ちでぼんやり空を見上げた。
――あんまり揉め事に顔を突っ込まないで。心配だから――
冬の澄んだ夜空にフリーカメラマン・隼人の顔が浮かぶ。
落ち込み冷え切った心が、じわりと温かくなる。ひとりでに頬が熱くなり、早希は思わず両手で抑えこんだ。
販売部に行くくらいなら、いっそ隼人の誘いに乗ってWEBメディア『グレディ』に移るのもアリだろうか。
優美でしなやかな大人の女性が、自分らしい人生を楽しむための情報サイトというコンセプトも大いに共感できるし、何より隼人との関係も縮まるかもしれないし……。
そんなことを考え、しかしすぐに自分で自分が恥ずかしくなって小さく首を振った。もう40歳にもなるいい大人が、恋心でキャリアを決めるなんてバカげている。
――血迷ったことを考えちゃダメ……。
気を取り直してスマホを手に取る。すると、ちょうど思いがけず美穂から着信が入っていた。
「早希……!いきなりごめんね!」
応答すると、美穂が珍しくハイテンションで声を弾ませた。
「実はね、いまインスタグラムにメッセージが届いたの。『グレディ』っていうWEBメディアから、読者モデルをやってみないかって。前に早希から誘ってもらったママ雑誌のスナップは断っちゃったけど、本当はこういうの、やってみたい気持ちがあって……」
「ちょっと待って……いまグレディって言った?」
興奮気味の美穂を制してそう叫んだ瞬間、早希は自分の進むべき道が照らされたような気がした。
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