40歳の専業主婦の「社会的価値」
「どうもありがとうございました……」
職員の女性に頭を下げて椅子から立ち上がると、美穂はつい溜息を吐いてしまった。
今日は生まれて初めてハローワークという場所に足を運んでいる。とにかく仕事を探さなければと行動に起こしてみたけれど、しかし現実はそう甘くなかった。
「仕事をする」と考えたとき、まず頭に浮かんだのは新卒時代に勤めた航空業界だったが、10年以上のブランクとコロナ禍の影響を考えると可能性は限りなく低い。
けれどジャンルを問わず求人広告を調べても、40歳で実務経験のない美穂にできる仕事は想像以上に少なかった。
正社員などもちろん皆無で、契約社員の求人すらほとんど見つからない。アルバイトからスタートできる仕事はいくつかあったが、シングルマザーとして十分な収入を得られるとは思えなかった。
離婚の手続きが順調に進めば、それなりのお金は手にできるだろう。しかし湊人を大学卒業まで一人で育てることを考えると、やはり安定した収入は確保したい。
ーーこれまでのツケが回ってきたんだわ……。
先日夫には強気に離婚を宣言したものの、美穂はこれまで自分がどれだけ社会と離れ、のほほんと生きていたかを痛感させられた。
今身につけているコートも靴も、すべて夫の収入で購入したものだ。美穂が同じ金額を稼ぐなら、一体どれだけ働く必要があるのか。そんな風に考えると途方に暮れてしまう。
ーー弱気になっても仕方ない……できることをやるのよ。
美穂は目についたカフェに入ると、ハローワークで渡された冊子を真剣に眺めた。親切な女性の職員に、まずは就職に繋がる資格を取るのも一つの方法だと勧められたのだ。
介護に簿記、宅建、ネイリスト、美容師。
冊子には多くの資格がずらりと並んでいる。40歳という年齢で勉強をスタートすると思うと及び腰になるが、美容系の資格も多く、それならば美穂も挑戦できるような気がした。
特に目を引いたのは「イメージコンサルタント」という資格で、色彩心理などを学び、クライアントの印象・イメージを戦略的に作りだす仕事だ。最近は女性だけでなく男性の需要も高く、また企業コンサルタントの仕事に繋がることもあるとの説明書きがあった。
ーー面白そう……。
美穂はスマホを取り出し、さらにイメージコンサルタントの仕事を調べてみる。
もともとオシャレは大好きだ。こんな仕事ができたらどんなに楽しいだろうか。久しぶりに胸が高鳴る。
するとそのとき、Instagramに見知らぬアカウントから一通のDMが届いた。
ーーえ?何これ……?
DMを開いた美穂は、一瞬、自分の目を疑った。
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