美穂が『グレディ』の読者モデルに誘われたと聞いたときは、思いがけない偶然に運命すら感じた。

早希がプロデューサーとして指揮をとるWEBメディアで、美穂が人気モデルとなり活躍する。そんな未来を想像したら止めようもなく胸が躍った。その傍にはもちろん、カメラマン・北山隼人の姿もある。

あの瞬間は興奮ですっかりその気になり、美穂にも「転職すると思う」なんて口走ってしまったが……そのあと再び冷静になってしまうと再び踏ん切りのつかない自分に戻っていた。

販売部に異動なんてしたくない。まったくやる気がしない。だがそれでも我慢さえすれば有名出版社勤務の肩書きを持ったまま安定して高給を稼ぎ続けられる。

不景気かつ先の見えない不安定な世の中で、それがどれだけ価値のあることか早希も重々わかっているのだ。

WEBメディア『グレディ』に可能性を感じてはいる。しかし1年や2年で消えていくメディアなど山ほどあるし、プロデューサーとして成功させることができればいいが、もし万が一にでも失敗したら……?

リスクを考え始めると、わざわざ荒波に飛び込む勇気がどうしても出なかった。

 

40歳から輝く女と老けこむ女の差...明暗を分ける「手放す覚悟」とはスライダー2_1
40歳から輝く女と老けこむ女の差...明暗を分ける「手放す覚悟」とはスライダー2_2
40歳から輝く女と老けこむ女の差...明暗を分ける「手放す覚悟」とはスライダー2_3

「美穂は、覚悟を決めたんだね」

「え……?」

その時、ふと朋子がしみじみ言った。

いつまでも優柔不断な心のうちを見透かされたのかとドキリとし、視線を泳がせる。朋子はそんな早希の隣に腰を下ろすと、静かに語りかけた。

「ほら。前に美穂が話してくれたじゃない、風の時代の話。これからは周囲の評判やしがらみを捨てて自分軸で選択できる人が輝くって。美穂は偽物の幸せを手放す覚悟を決めて、自分の人生を歩き出した。それが表情に出てるのよ」

そう言われ、ハッと思い出した。

前に皆でZoom飲みをしたとき、確かに美穂が風の時代の話をしていた。そのあとすぐに美穂の夫からメッセンジャーが届いたため、それどころじゃなくなってすっかり忘れてしまっていた。

――手放す覚悟、か……。

朋子のセリフを反芻し、早希は自らの置かれた状況を振り返る。

人の心を動かす誌面を作りたい。若かりし頃、早希はそんな夢を抱いて出版社を志した。

しかし時代は大きく変わり、長年心血を注いだファッション誌も月刊廃止が決まった。さらには不本意な人事異動で、誌面づくりに関わる道も閉ざされてしまった。

それでもなお会社に残り、やりたくない仕事でも我慢して続けるのは……まさに「しがらみ」に囚われた選択なんじゃないだろうか。

有名企業に勤め周囲からは評価されても、ワクワクする仕事ができない人生は早希にとって幸せと言えない。

早希は仕事が好きだ。婚約破棄されたって恋愛がうまく行かなくたって、仕事が楽しいから乗り越えてこられたし、そんな自分に誇りを持って生きてきた。

それなのに……仕事にやりがいを見出せなくなったら、納得できない場所で憂鬱な毎日を過ごしていたら、不平不満ばかり口にする老けこんだオバさんに成り下がってしまうのではないか。

一方で美穂は、両親揃っているのが幸せだとか母親は子どものために我慢するのが美徳だとか、世間に押しつけられた「理想の母親像」を捨て去った。

そこには、自分の幸せは自分で決めるという強い意志があったはず。きっとその覚悟が、内からみなぎるパワーとなり彼女自身を輝かせているのだ。

「ねぇ、朋子」

早希はむくりと起き上がり、長年の友に向き直った。

「私が会社を辞めてWEBメディアに転職するって言ったら、どう思う?」

早希の発言に、朋子は驚いた様子で目を見開いた。しかし順序立てて経緯を説明すると、彼女は何度も頷き、最後は早希の肩を優しく抱いてくれた。

「いいんじゃない?向いてるし早希らしいよ。素敵だわ」

朋子はバツイチで世の中の酸いも甘いも経験し、男社会を生き抜いてきたバリキャリ女だ。楽観的でもないし、こういう場面で安易なアドバイスをするキャラでもない。

そんな朋子が背中を押してくれた。その事実が、早希の最後の迷いを振り切った。